北朝鮮が平昌冬季五輪に合わせ芸術団を派遣するのに先立ち、公演会場などを視察する調査団が21日午前、南北軍事境界線を越えて陸路で韓国入りした。韓国メディアの報道は早くも過熱しているが、7人の調査団に北朝鮮随一のアイドルグループ、モランボン楽団の団長としても知られる三池淵管弦楽団の玄松月(ヒョン・ソンウォル)団長が含まれていたことが、フィーバーをいっそう煽ったものと思われる。
秘密パーティーに呼び出され
いまからこの様子であれば、五輪の本番に合わせ230人もの美女応援団が訪韓したらどれほどの盛り上がりになるか想像がつく。過去の美女応援団には後に金正恩党委員長の妻となった李雪主(リ・ソルチュ)氏も参加していたことがあり、その美貌で注目を集めたが、今回もメディアでアイドル扱いされる女性が出てくるかもしれない。
しかしそうなると、五輪終了後に核問題などを巡りメディアが論調を切り替えも、社会的には融和的な空気がけっこう引きずられてしまうのではないだろうか。
ただ、「空気を引きずる」ことにリスクを感じているのは、北朝鮮も同じであるようだ。韓国紙・中央日報は19日付の記事で北朝鮮の中央機関で勤務経験のある脱北者のコメントを引用し、「北朝鮮当局は過去3回の美女応援団派遣に際し、高位幹部の子どもは(選抜対象から)徹底的に排除せよとの指示を下してた」と伝えた。
美女応援団の選抜条件は厳しい。デイリーNKの内部情報筋は、その実態について次のように語っている。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面「美人でなければならず、身長が165センチ以下ではダメ。脱北した者が身内にいてはダメで、出身成分(身分)も厳しく見られるが、メンバーは大多数がエリート校である金星学院から選ばれるので、この点は問題ないだろう。しかし決め手は財力だ。選考書類を作る党の担当者に払うワイロの額で、最終的な当落が決まる」
この説明と中央日報の報道内容を考え合わせると、美女応援団に選ばれるには、そこそこ家柄が良くてカネのある家庭の娘でなければならないが、国家の指導層に含まれるような超エリートではダメ、ということになる。
たしかに李雪主氏の両親も、高位幹部とは言えない人々である。それに、彼女の出身校である金星学院の後輩たちが元NBA選手のロッドマン氏の訪朝時に秘密パーティーに動員され、そこで辛い目に遭わされたとの情報もある。本物のエリートならば、そのような目に遭わされることはない。
(参考記事:北朝鮮「秘密パーティーのコンパニオン」に動員される女学生たちの涙)人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面
それではなぜ、北朝鮮当局は高位幹部の子どもを美女応援団に参加させないのか。それは、韓国の「自由な空気」に触れた女性らがそれを忘れられず、帰国後に資本主義の華やかさや豊かさを称えるといった「問題行動」を起こす可能性があるからだ。そのような問題行動が発覚したら、家族もろとも処罰を受けかねない。
北朝鮮においては、海外駐在の長い外交官や貿易関係者たちも、これと同じ悩みを抱えている。
美女応援団のメンバーは年齢も若く、芸術関係の勉強をしながら感性を磨いてきた人々であるだけに、韓国で見聞きしたことを自由に語れないのは相当につらいのではなかろうか。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面年始からの対話攻勢で韓国を翻弄しているようにも見える北朝鮮だが、実は単に応援団を送るだけで相当な気を使っているのだ。そのような閉塞した体制が、自由な民主主義社会を凌駕することなど絶対にないのである。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。