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空港の出入国管理所長が私を尋問していた間、税関では荷物の風呂敷を開いて審査していた。税関がふろしきを空けてみたところ、旅行客の荷物ではなくて商売人のふろしきのように見えたのか、あきれたような表情で私を呼びつけた。
前編へのショートカット 

「これは誰の命令で持ってきたんだ?」「商売するために買ってきたのか?」
恐喝半分、脅迫半分の調子で聞いてくる。だが、事実どおり話すことはできない。

「全部プレゼント用に買ってきたんです」としらばっくれた。
「以前から来るたびにいつも持って来ていたプレゼント用のものです。冷凍の鶏は今回が初めてです。知人と日曜日に公園に行って焼いて食べようと思い、とくに何も考えず安かったから買ってきただけなので変に考えないでください。」

バッテリーと鶏はリュ・ジゴン(Fine Co.Inc.USA 北京支社長)さんに、奥さんの実家に渡してほしいと言われたものだったが、事実どおり話すことはできなかった。万が一こういうものを渡す方法を知っていたらこれも不法だ。そして私だけ違法なのではなく、受け取る側も違法なことをしたことになり、大きな被害を被ることになる。

通り過ぎ去る人と自由に話すこともできない国なのに、こういうものまで持って行き来することは想像もできないことだ。これが北朝鮮の生活スタイルだ。

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空港から普通江ホテルに移動した。

空港の安全部(保安署)の人も、「頭の痛いアメリカ帝国主義者が一人現れた」と頭を振った。職位が高そうに見える人は静かに私に教えてくれた。今、同胞総局に連絡をしたから少しだけ待ってみようということだ。

キム・マンス海外同胞員保護委員会の副委員長にも連絡をして、同胞総局長は何かの行事に参席しているのか、直接連絡がとれないので、キム・ボクシン副総理を呼んだと言った。

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「副総理同志に連絡がついたのでうまくいくでしょう」と話す。

空港当局にとっては、初めてノービザ入国者が登場したことは建国以来の大事件であった。何度か偉い人が総動員されて、長々と5時間あまりかかって、副総理が身柄引き受けの確認電話を受けて、やっと解放されて普通江ホテルに向かった。

「高麗ホテルに行かないで、なんで普通江ホテルに行くんだ」と聞いたら、上部の指示だと言われた。ホテルに入るとなじみの案内員のキム・ヒョンチョルが待っていたが、冷めたような苦笑いをしている。少ししてからキム・ヨンス参事、キム・ナムチョル指導員が訪ねてきた。

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「明日、阿吾地(アオジ)炭鉱に行くでしょう。固く縛られると思いましたが、どうして気楽にいられるでしょうか」と冗談を言った。案内員が正式に、私にホテルの門の外には絶対に出ないようにという上部の指示を告げた。

夜中の零時が近づいてきた頃、部屋に案内しながらヒョンチョルが、「明日の朝7時ごろに保衛部の職員が調査に来るそうです。お疲れかもしれませんが、早く起きて準備して部屋にいてください。私の寝室の番号は何番です、待機しています」と伝えた。そのまま無視できるものじゃないんだな。。。

「南朝鮮やアメリカではそういう風に調査を受けるんですか?」

2日目の朝、7時ちょうどにずいぶん痩せて、険しい目つきがまるで毒蛇のような40代の捜査要員が部屋の中に入ってきた。冷たい風が感じられる。ャtァーに向かい合って座った。彼はタバコを1本取り出して、唇の片側の端に傾けて生意気そうにくわえた。

天井に煙が上がり調査が始まった。彼は「この世に生まれて来た時のことから話しなさい」と言った。捜査当局が情報がない時によく使う捜査方法だ。こうなったからには、まさか私をスパイとして収容所に送るのだろうかと思って捜査に応じた。

最初から負けず嫌いの性格が出て、覚悟を決めてゆっくりと、生まれた本籍地から久しぶりに思い出を回想しつつ、私の人生の記憶をたどり始めた。生まれた時間と場所から一言ずつ話し始めた。

「慶尚南道チンジュ市ボンレ洞187番地で生まれ、私より2歳年上の姉といっしょにチンジュ中央国民学校に通ったが、寒い冬の日に手足がしびれて、姉におぶってほしいと言ってだだをこねて、おぶわれて行った。姉も大変だっただろうが、おぶわれていた私も落ちそうですごく大変で、『もっとちゃんとおんぶして』と言ったら、姉は『私も手がしびれるからつべこべ言わないで!』と言いながら落とすふりをした」という話から始めた。

急に保衛員が叱責し始めた。

「チャンク先生!小説を書いているんですか。記憶力もいいですね。そのような話を聞こうということですか。ただ故郷がどこで、どこの学校に通って、アメリカの移民はなぜ、いつ行って、アメリカではどんな仕事をして、私たちの共和国にはいつから何の用で行き来しているのかについて話しなさい! チャンク先生は今、調書を受けているんですよ!ふざけるつもりですか」と脅してきた。

「反省する態度くらい見せるのが普通じゃないですか」

「どこかに連れて行かれて苦労しながら調査を受ければちゃんとやりますか。それでもチャンク先生は、祖国のために一生懸命なさって、悪いことをしようとして査証無しで祖国に来たのではないだろうし、その経緯を知らなくてはいけないので、リラックスして調査するようにと、特別に上部の指示を受けてこうして出て来ているのに、今、先生の調書を受ける態度は何ですか。南朝鮮やアメリカではそんな風に調査を受けるんですか。徹底して調査しなくてはいけません。」

私も罪人扱いされて気分が悪かった。

「そういうわけではなくてですね、生まれた時から現在までのことを話そうとして、そうした話をしただけでしょう。それに、南朝鮮やアメリカではこうした経験がないのでよく分かりません」

「また1本、きついタバコを吸って長いため息をついて、気に障ったかのような目で見てくる。私もむかつくし恥ずかしいし、気分も悪い。最初から罪人扱いして、タバコをくわえて気分が悪いといった印象で私を相手にするなんて私も感情が傷ついた」

「それでは、もう一度始めましょう!」

もっとも重要なことは「不法入国の理由が何なのかということを説得しなくては」、という方向で話を整理することだった。

まず、海外同胞員保護委員会のキム・ヨンス参事がカナダ経由のファックスを送って、入国通知文の内容に11月26日に入国するので手違いがないようにとまで強調したので入って来たと言った。もちろん言いつけだ。

「オナラをした人が腹を立てるなんて、チャンク先生がまさにその典型じゃないですか」

その次に、北京大使館で領事部長が2度も共和国の海外同胞員保衛委員会に査証の関係で業務連絡をしたのに、連絡が来なかったということを話した。4日間も北京で何もせず、ホテルの宿泊費だけ払うんですか。火曜日の査証がだめだったので、4日間北京で何もしないで、経費だけで800ドルも使えということですかと問いただした。

アメリカからここまで来るのにまる6日かかって大変だったのに、共和国のミスでまた私が異国の地で4日間、更に待たないといけないというのですか。なぜ、中国人の国で無駄にお金を使うんですか。祖国でお金を使うべきでしょう。ですから、私は1日でも早く共和国に来て事業をしなければならないということばかり考えて、行動したらこうなったのですと話した。

すぐ隣の家から来るというわけでもなく、共和国からとても遠い、地球の反対側から祖国を訪ねる海外同胞に、時間と経費を考えずにいついつ来なさいと一方的に連絡したら、手違いのないように神経を使って解決しなくてはならないのに、私のせいだけにされて、いったい祖国のどこを信じて事業したらよいのかと言った。

全て聞いていた保衛員はそれも理解できると言いながらも、それでも共和国は一つの国家なのに、入国の許可なしに入って来たため、これは違法であり、違法だからこれに対する措置をとらなくてはならないと話した。そのため、もっと自分に非があるという気持ちくらい見せるようにと言ってきた。そうしてこそ、報告書をちゃんと書けるのではないかということだ。また2人で、ああだこうだと言い合った。

「昔の言葉に、屁をこいたやつが大きなことを言うというのがあるけれども、今のチャンク先生がまさにそうではないですか」

「では、私が言うべきことは言いましたが、ひたすら私の過ちをわびなければならないということですか」

なんでそんなにタバコばかり吸うのか、部屋の中はすっかりタバコの煙でけむっていた。喉も目もひりひりして痛かった。ドアをばっと開けたいのに、それもさせてくれない。保衛員も上からよくしてやれと言われて実際にやって来たのだが、解決の糸口を探るのはかなり難しそうだ。

こうした状況になり、私も意地になってきた。北朝鮮は私の国と考えて気楽にやって来たが、捕まえようというのならばやってみろ。この機会に、阿吾地(アオジ)炭鉱に行こうがどこに行こうが、1度行ってみよう!アメリカ市民だからまずアメリカ政府が外交的に解決をしてくれて、次に韓国政府が知ったらアメリカと連絡して後始末に関心を持ってくれるだろう。

マスコミが「在米事業家の韓国系アメリカ人、ロス在住のキム・チャンク。ノービザで北朝鮮に入国。平壌空港でスパイ容疑をかけられ逮捕される!」と書くだろう。

こんなことまで考えていたら、まためまいがしてきた。だが、ここで引き下がるわけにはいかない。前進あるのみだ。(続く)