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脱北知識人が力を合わせる。

NK知識人連帯(NK Intellectuals Solidarity:NKIS)所属の脱北知識人たちが力を合わせ、24日に創設記念学術シンポジウムを兼ねて創設宣布式典を開く。

現在、韓国にいる脱北者は約15000人程度。その中で北朝鮮で大学を卒業し、専門職として勤めたことのある人は600人余り。韓国にいる脱北者の3〜4%に当たる規模だ。これからさらに増える見通しだが、そのうち100人がNK知識人連帯を発足させる。

2年間の準備を経て、24日正式に発足するNK知識人連帯はキム・フンクァン教授(北朝鮮平壌コンピューター技術大学の教授出身)が代表を務めている。

[NK知識人連帯のキム・フンクァン代表とのインタビューの内容]

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- 団体発足、おめでとうございます。まず、NK知識人連帯とはどういう団体ですか。

24日に公式に発足宣言をし、「第1回脱北知識人学術シンポジウム」を開催します。この日のシンポジウムは、北朝鮮の世襲権力への脱北知識人の考え、北朝鮮の急変事態に備えた北朝鮮体制の持久力の診断などについて話し合います。

NK知識人連帯結成の目的は、まず北朝鮮政権と北朝鮮社会の真の姿を韓国の人々に知らせること。次は望ましい統一への研究や北朝鮮社会の民主主義の実現。最後は北朝鮮の未来についての開発ビジョンをこれから準備することの3つです。

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- ご本人の紹介をお願いします。

金策工業総合大学(1998年に金策工業大学が総合大学へ昇格)を卒業し、研究員過程(修士課程)、博士課程を終えて、国家学位(国家博士)を取得しました。

その後、地方にあるコンピューター技術大学で11年間教授として勤めました。1993年〜2003年まで9年間共産大学(党の学校)でコンピューター講座の教授をしました。北朝鮮での私の専攻はコンピューターOSで、研究事業と大学教授をしていました。

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2003年に北朝鮮を脱出し2004年に来韓しました。今は京畿大学の大学院情報保護学修士・博士課程の兼任教授をしています。また、北朝鮮研究所で研究員もしています。

- 脱北者団体は多いが、また新たな団体を立ち上げようを思った特別なきっかけはありますか。

結成は今年の6月27日にしましたが、準備は2年前からしてきました。当時「北朝鮮離脱住民後援会」の定住支援業務をしながら、韓国にいる脱北知識人がさらされている状況を見て、心を痛めました。

ある脱北知識人は能力もあり、やる気もあるのに、現実的に北朝鮮にいた時のように能力を発揮できるチャンスがあまりありませんでした。北朝鮮で歴史を研究していたある女性歴史学者が社会福祉館で高齢者介護をしていました。さらに、北朝鮮で大学教授だった人がガャ潟塔Xタンドで働いていました。

こういう事態を鑑み、脱北者たちが一緒に手を組んで努力し、情報や目標などを共有する必要があると感じました。北朝鮮の実情を知らせることも積極的に行わなければならないという使命感を覚えました。

我々が共有している目的や立場を実践するための組織が必要だということに共感しました。初期には1年に3〜4回のワークショップ、発負?などに参加し、経験を積み始めました。組織創設の動機、具体的な準備事業を少しずつ展開してきました。そして、4月初旬に発起人の集いを設け、理科系、人文学系、社会学系などの専門分野の人たちと一緒に6月27日に結成式を行いました。

- 金正日の健康悪化説が出て、北朝鮮の将来についてさまざまなシナリオが出ています。キム教授は金正日政権の今後についてどう思いますか。

金正日の健康悪化説は本当だと思います。しかし、少し違う解釈も出ます。北朝鮮にいた時に、萬寿無疆(無病長寿)研究所で働いている友人から聞いた話ですが、金正日の主治医は50〜70人で、専門医がそれぞれの生体組織、臓器別にチェックしているそうです。

金正日は脳卒中と言われていますが、脳卒中は萬寿無疆研究所でチェック・管理されているため、十分避けられる病気です。脳卒中は短い間に起きる病気ではないため、金正日の健康悪化というのは、脳卒中よりさらに深刻な病気だと思います。

もし、健康悪化説がうそであれば、9.9節(北朝鮮政権樹立記念日)に現れなかったのは、北朝鮮の戦略です。労働党の統一宣伝部は様々なパターンを計算していると思います。韓国のマスコミの反応や方向なども全部計算済みです。金正日がサッカーを観戦したという報道は金正日の死亡や不在などの奄?Vャットダウンするためです。

- もし金正日の健康に異常がないのであれば、今後北朝鮮はどうなると思いますか。

金正日にはもう一度北朝鮮を立ち直らせたい気持ちがあるように見えます。
北朝鮮の人たちがよく口にする話があります。「一生懸命努力すれば共産主義が実現すると思ったが、もうすでに行き過ぎてしまった」という言葉です。これは60年代と70年代を指しており、今後その時よりよくなることはないだろうという意味です。

北朝鮮の人たちがよかったと思っている時代は金日成の時です。それで、金正日も自分の時代に自分の人民たちを腹いっぱい食べさせたいと思っているはず。また、拍手をしろという命令で拍手をするのではなく人民自らが「将軍様万歳」を叫ぶようにさせたいという、統治者としての政治的な欲望があると思います。

ですから、金正日は北朝鮮の計画化システム(計画経済)が失敗しておらず、もっとチャレンジしてみる余地があると思っています。計画化システムというのは、消費の過剰、生産の過剰を抑制し、資源を効率的に分配・活用しようとすることですが、コンピュータースシステムのような発展した計画、配分、供給システムをうまく利用すれば、成功もできます。

ここで重要なのは財源ですが、財源が整って計画化システムを導入すれば成功できるのではないかと思っているようです。金正日はそういう計画化システムを中心に、市場経済を加味した経済を運営したがっているのではないかと思います。人民経済大学に市場経済研究所というところがありますが、そこの共産大学の教授から聞いた話があります。彼らは北朝鮮の経済が完全に失敗しているのではないと主張しています。できないことに希望を持っているということではなく、本当にできると思い込んでいるのです。

- 金正日と人民経済大学の人々がそういう風に思い込んでいるのであれば、どういう風に財源を作るのでしょうか。

今、北朝鮮は核兵器を利用し、6カ国協議に参加している他の5カ国から資金を得ようとしています。北朝鮮が日本との交渉では一歩譲った姿勢をみせたのは100億ドル以上の補償をもらうためでした。この10年間、韓国に多額の援助を施してもらったのと同じように、日本からも援助してもらえると思っています。

さらに、北朝鮮は自分たちが会談や交渉の達人だと思っています。交渉のテクニックを自負しています。交渉がうまく行き、たくさんの財源が準備できれば、その次に計画化システムにチャレンジし、それがうまく行かなかったら、最後に中国やベトナムのような部分的な改革を試みようとしています。

- 金正日は経済に強いと思いますか。

金正日は経済をよく知りません。経済学部出身ですが、これまでの指示内容を見ると、政治、文化芸術、社会、機関についてのものばかりで、経済分野は皆無です。もちろん、経済問題の責任を取らないために、良し悪しの発言をしないのかもしれませんが、とりあえず、経済については門外漢といっていいでしょう。

経済政策のために補佐官、秘書、書記室の書記を採用しています。ITは、金策工業大学のキム・ヨンナム教授、経済はリュウ・シヒョン総長などの専門家が手伝っています。

こうした専門家集団の数は大変多いと聞きました。キム・ヨンナム教授は金策工業大学のコンピューター工学部の教授、博士として勤め、金正日のIT書記として選ばれました。キム教授は最近の世界のIT発展の現状について金正日に資料を報告したり、国家のIT発展政策についてアドバイスをしています。こうした科学書記たちは各分野別に1人ずつおり、中央党の組織指導部に所属しています。

- 北朝鮮の住民は、金正日の私生活や彼の子供についてどのくらい知っていますか。

金正日の私生活について北朝鮮の住民は全く知りません。私の場合も外部のラジオ放送を通じて知りました。
金正日の子供たちについてはある程度知っています。金正男は知っているし、娘がいることも知っています。現地指導の映画、北朝鮮では「文献映画」といいますが、金正日の現地指導を映画化したものです。そこで金正日と同行している美しい女性が娘だと聞きました。

金正男は直接見たことがあります。1991年におじに会うために平壌市の高麗ホテルのコーヒーショップに行った日に見ました。金正男が来る前にコーヒーショップの関係者がそこにいた人たちの席を整理していました。彼が入ってくると、そのコーヒーショップにいた全員が起立しました。その時、将軍様の息子、金正男であることを知りました。

しかし、当時は息子が3人もいることを知りませんでした。1999年に中央党の組織指導部に「金ジョンチョル同志の事業体系を立てよう」というスローガンが出たと聞きました。1999年〜2000年後半まで金ジョンチョルに関する話がありました。中央党から道の党、そして、私がいた共産大学までその話が来ていました。

そして、金正日の夫人高英姫(コ・ヨンヒ)についても知らされました。高英姫という名前は使わずに「平壌のお母さん」と呼びました。

- 高英姫が亡くなった後、金ジョンチョルは後継問題からはずされているのではないですか。

後継者問題で様々な憶測が出ていますが、世間を良くしている金正男もいいが、現在中央党の組織指導部にいる金ジョンチョルが金正日の後を継ぐと思います。

1999年以後、後継問題が方々で奄ウれたため、金正日がこの問題の収拾を指示し、これ以降、後継者問題の公式的な論議はやめることになりました。さらにもう一度、後継問題を口にした場合には許さないという指示がありました。

金正日の女性秘書であるキム・オクがこれまで金・ジョンチョルや金ジョンウンを後押ししていなかったら、高英姫から嫌われ、金正日の側近としていられなかったと思います。

『金正日の料理人』という本を書いた藤本健二さんもキム・オクが高英姫と親しかったと書きましたが、キム・オクがそういう行動を取らなかったら、多分近くに要られなかったと思います。

そして、1998年には「敬愛する金敬姫同志」というスローガンがありました。97年、98年は北朝鮮が最も大変だった時期で、そういうスローガンが金正日の護衛総局にも、芸術大学にもありました。芸術台のこどもたちが「親愛する敬姫さま」という歌を歌い、詩を朗読するビデオテープも出回りました。

金正日の妹、金敬姫をそこまで尊敬することならば、その夫である張成沢もやはり同じだとおもいましたが、99年からは嘘のようにきれいに消えてしまいました。

※ インタビュー進行:孫光柱編集局長