金正日が金日成大学と平壌鉄道大学のサッカーの試合を観戦したと北朝鮮の朝鮮中央通信が報道した。
詳しい経緯はじきに明らかになるだろうが、北朝鮮の宣伝メディアが「金正日総書記は大学チームのサッカー試合が観戦できるほど余裕がある。そのため、健康に問題はない」というサインを国際社会に送ろうとした意図が見られる。
また、ブッシュ政権が最低限の外交業績でも挙げるためにヒル次官補が訪朝して戻ってきたばかりで、金正日の活動再開の報道から上手につじつまを合わせた対外宣伝戦術を駆使していることがわかる。しかし、「全ての問題は内部から始まる」という格言を考えると、北朝鮮メディア報道の1次対象はまず、北朝鮮住民だ。労働新聞、民主朝鮮、朝鮮人民軍、青年戦委、朝鮮中央放送など、多くのメディアが主に北朝鮮の住民を対象にしている。対外専用である平壌放送や「南朝鮮(韓国)の子分」を対象としている韓民戦(反帝民戦)などは特殊な放送のため、北朝鮮の住民は知らない。
そういうことを踏まえて、「将軍様は大学生たちのサッカー試合を観戦する余裕もあり、元気だ」という報道は、つらい人生を送っている住民に「将軍様サプリメント」をあげることが最も重要な役目だったと思われる。いわゆる、体制結束用だ。
今、北朝鮮の住民にとって金正日の権威は落ち目であることは確かだが、金正日がどれだけ悪い人なのか、その正体をよく知っている人はあまりいない。彼のプライベートや子供たち、女性関係についても、そして、何を食べているのか、健康はどうなのかなどについて知っている人が北朝鮮の住民の中にはいない。それは、これまで60年間、金日成ファミリーの秘密はスペシャル中のスペシャル、超トップ・シークレットとして扱ってきたからだ。中央党の秘書たちもよく知らないのに、普通の住民が知っているはずもない。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面最近話題になっている「金正日健康悪化説」について話すと、ある北朝鮮の住民は、「そんなありえない話があるのか」という。今、北朝鮮ではこう言っている人が多い。彼らは「将軍様」が現れると歓声を上げる。つまり、「どこにいらっしゃるんですか、愛しい将軍様」のように小説的な感情を、真偽はわからないが、皆持っている。それは、金正日が60年代後半から、旧共産主義国家の中でも最も特別ですばらしい独裁政権を構築してきた結果だ。その内容をよく知っている人たちが韓国に来ている脱北者たちだ。
韓国では、「金正日独裁」といえば、韓国でも過去にあった軍事独裁を思い出す人が多いが、韓国の軍事独裁は北朝鮮の「階級独裁−首領独裁」に比べると「独裁」とは言えない。「権威主義政府」という表現が合うかもしれない。過去の軍事独裁時代に様々な被害に遭った人たちは「何を言うか!」と怒るかもしれないが、それはあくまで金正日が構築してきた独裁政権に比べての話しだ。
北朝鮮の首領主義を長々と説明する必要はないが、金正日は社会・歴史発展の唯一の原動力で、自分で決めた政策が法律であり、その政策が間違っても責任から逃れられる絶対的な自由が保障されるということであるのは知っておきたい。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面理論上は、「首領は誤謬を犯さない存在」であるため、もし現実に間違いを犯してもそれは「現実」が間違っているのであり、首領の過ちではないのだ。また、首領の存在は人民大衆%}が顕現な存在、人民大衆の全てが具体化された存在のため、「個人」ではない。ここまでは旧共産主義の首領論の一般理論だが、金正日が大衆がさらにわかりやすく理解できるように新しく立てた論理は「首領は脳であり、党は心臓であり、人民は手足である」ということだ。こういう理論に従うと、大衆は手足として無条件に脳の指示に従うべきであるのだ。とてもわかりやすくて明快な「社会有機体説」である。
北朝鮮の住民たちは60年代末からそういう奇妙な社会で暮らすことを強要されたため、簡単に自分の心を打ち明けない。金正日の健康悪化説についてもありえない話だと一蹴するのが北朝鮮の住民らしい模範解答である。見知らぬ人に自分の分析や解釈を話すことははなはだ危険なことである。
そのため、その模範解答に盛り込まれている「暗い記憶の向こう」まで到達して「内在的な解釈」を正確にするためには、自由民主主義体制の人は最低限4〜5年はかかるだろう。これは脱北者たちが韓国に来てここの人たちの考え方を常識として受け入れられるまで4〜5年がかかることと似ている。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面したがって、「金正日総書記は健在だ」ということが我々には分析の対象となるが、北朝鮮の住民は単に「そうか、指導者同志は健在でいらっしゃるんだ」と素直に受け止めるのである。これが60年間積み重ねてきた、電卓では計算しきれないすさまじい「宣伝の力」である。
しかし、今回の朝鮮中央通信の「金正日総書記のサッカー試合観戦」報道からは、何となく北朝鮮の宣伝メディアのとってつけたようで慌てている姿が垣間見える。
古代ローマの初代皇帝であるカエサルは、「大衆を代表する政治家は大衆が使わない、慣れない言動をすると、大衆からかけ離れていく」という名言を残した。大衆に、指導者が普段と違うと思わせてはいけないという意味だ。
今回の金正日のサッカー試合観戦は、軍部隊の視察に比べて、北朝鮮の住民にとっては非常に変に思われるぐらい、とって付けたようなニュースだ。私は金正日が本当にサッカーを観戦したとは思わない。文字通り、「宣伝(プロパガンダ)」としか思えない。
私は、むしろ北朝鮮が常識的で自然な姿を見せるのか、つまり、普段していることをするか否かに興味がある。何かおかしくて大げさなことを見せるのは緻密な計算ができていないか、自信がないことを意味する。報道通りの「偉大なる領導者」のサッカー試合観戦は、だからこそ、より不可思議に感じられる。