北朝鮮と韓国の軍事境界線(MDL)を越えて北朝鮮軍兵士が韓国に亡命したとの噂が、北朝鮮国境地帯の住民の間で静かに広がっている。当局の統制が強まる中、ごく限られた信頼関係の中でのみ交わされているという。

先月19日午前、 北朝鮮軍の兵士1人が軍事境界線を越え、韓国側に亡命した。北朝鮮軍兵士の亡命は昨年8月に江原道高城郡で発生した事案以来、約1年2カ月ぶりだ。

こうした情報はもちろん、北朝鮮国内では公開されない。しかしデイリーNK内部情報筋によれば、北朝鮮北部・会寧市の住民の間で「軍人1人が無事に韓国側へ越境した」との話が密かに出回っている。住民らは「捕まらずに越えられて良かった」「命を懸けた決断だったはずだ」と囁き合っているという。

同地域では、中国製携帯電話を通じ外部情報が非公式に流通しており、今回の噂もこうした経路で伝わっているとみられる。

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ただし、保衛部(秘密警察)や安全部(警察)による監視が厳しく、住民は発言に極めて慎重な姿勢を崩していない。情報筋は「本来なら市場が騒然となる話だが、今は互いに警戒し、心から信頼できる相手とだけ小声で語り合っている」と説明した。

住民らは特に兵士の亡命に至った背景に関心を寄せている。情報筋は「今は中国へ行こうとしても銃殺刑の標的になる。まして韓国行きが発覚すれば即時銃殺で、軍人は誰よりもその危険を知っている」と指摘。「それでも決断したのは、部隊内で耐え難い重圧、暴行、苛烈な統制があったのではないかという見方が出ている」と話した。

一方で、一部住民の間には、コロナ禍以降、当局の監視強化により脱北が事実上不可能となる中で「細いながらも希望の光だ」と歓迎する声も聞かれるという。「生活が苦しい時、最後の逃げ道が脱北だったが、今はそれ自体が命懸けの行為になってしまった。それでも機会をうかがう者は少なくなく、今回の亡命は『いつか自分にもその日が来るかもしれない』という期待を生んでいる」と別の情報筋は語った。

国境沿いの両江道恵山市でも同様の噂が伝わっている。中国と隣接し、外部情報が比較的早く流入する地域だが、ここでも取り締まり強化により、以前とは異なる萎縮した状況が続く。

住民らは表向き沈黙を守りつつも、「無事に越えられて何より」とひそかに安堵の声を漏らしているという。