11日、韓国・ソウルで民間団体が対北インターネット放送を立ち上げた。米韓の政府系対北放送が廃止されたのに代わり、北朝鮮の人々に国際社会の情報を届けるためだ。

今年3月、トランプ大統領は米グローバルメディア局(USAGM)の事実上の廃止を命じる大統領令に署名した。これにより、国営のボイス・オブ・アメリカ(VOA)の放送は全面的に中止された。北朝鮮を含むアジアの全体主義国家向けに放送していたラジオ・フリー・アジア(RFA)も、7月3日をもって放送を終了した。北朝鮮には、国際社会の情報をとどけるこれら放送を密かに愛聴する人々がいた。発覚すれば、重罪に問われるにもかかわらずだ。

RFAは2021年1月、咸鏡北道(ハムギョンブクト)の司法機関の幹部の話として、同放送を愛聴していた船長が公開処刑されたと報じた。船長は「耳に心地よい音楽」――つまり、北朝鮮では「禁断」とされている韓国や欧米の音楽の虜になっていたということだ。

(参考記事:北朝鮮の15歳少女「見せしめ強制体験」の生々しい場面

金正恩政権の外貨稼ぎを担っている中央党(朝鮮労働党中央委員会)39号室は、傘下に数多くの貿易会社、銀行、企業を抱えているが、咸鏡北道の清津(チョンジン)には水産事業所がある。水産物は主に中国に輸出される、外貨の源泉だ。

50代の男性、チェさんは、この水産事業所に所属する船長で、50隻もの漁船を所有する「船主」と呼ばれるトンジュ(金主、新興富裕層)だった。日本式に言い換えれば「網元」と言ったところだろう。30代から船長を務めていた彼は、漁に出るたびに、若い乗組員と共にRFAの番組を愛聴していた。

現地の別の住民によると、チェさんは兵役で軍にいるときからRFAを愛聴していたという。

チェさんは、絶大な権力を誇る39号室所属ということもあってか、安心しきっていたようだ。ことが表沙汰になりそうになったとしても、もみ消すだけのカネとコネを持っていたであろうことも想像に難くない。

しかし普段の行いの悪さが、チェさんを破滅に追い込んでしまった。現地住民によると、他の漁師をバカにするなど傲慢な態度で評判が悪く、恨みを抱いた何者かに密告され、咸鏡北道保衛局に逮捕されてしまった。

取り調べでチェさんは、海外ニュースと「耳に心地よい音楽」に魅了され、RFAを聞き続けたを自白した。保衛局は、この件を「反党行為で、体制転覆を試みたもの」と見なし、教養(懲役刑)で済ませるレベルを超えていると判断。今年10月に市内の外貨稼ぎ水産事業所の船長、責任者ら100人を集めた上で、彼を公開銃殺した。

RFAや韓国のKBSを聞いていたのはチェさんだけではなく、漁師の間では海に出るたびに海外からのラジオ放送を聞くのは当たり前のように行われてきた。海外のニュースや音楽のみならず、漁の安全に欠かせない正確な気象情報を伝えてくれるという理由もある。チェさんに対する公開銃殺の目的は、大物船主と言えどもラジオを聞けば殺されると恐怖心を植え付けることにあると、情報筋は説明した。