中国から国境の川越しに北朝鮮を望むと、頂上付近まで畑になっている山が目に入ってくる。「棚田」などと文化的な呼び方で風景を楽しむようなものではなく、文字通り、人々の生死がかかった畑だ。
金日成主席は1974年、農業生産増大のために「全国土段々畑化計画」を打ち出した。山の斜面を切り開いて段々畑を作れば、生産量が増えるという考え方だったが、山林の破壊、自然災害(とくに水害)の多発、農業生産の減少、そしてついには1990年代の大飢饉「苦難の行軍」を招いた。
国の配給システムが崩壊し、食べ物に窮した人々は、生き残るためにさらに山を切り開き、畑を作った。このような畑「トゥエギバッ」を巡って、当局と住民の摩擦が絶えない。両江道(リャンガンド)の白岩(ペガム)郡当局は、このような畑での耕作を禁止する措置を取り、住民の猛烈な反発に遭っている。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。
現地の情報筋によると、郡当局は、今月14日の植樹節を迎え、ハゲ山で植林運動を展開し、山林保護活動を強化せよとの指示を、各地の人民班(町内会)を通じて伝えた。それに伴い、段々畑での耕作を禁止する措置を取った。
同様の禁止令は昨年にも出されたが、コロナ感染防止の名目で市場が閉鎖され生活苦に陥った住民に配慮し、耕作を黙認した。だが、今年は市場が閉鎖されていないので、耕作は認められないというのが当局の理屈だ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面また、国家財産である山林に勝手に畑を作って耕作を行うのは、国家山林毀損罪で処罰の対象になるとした。その上で、住民が苦労して切り開いた畑に木の苗を植えよと強いた。これに住民は抗議しているのだ。
かつては黙認されていたこのような耕作だが、金正恩総書記は2015年、「全国の樹林化、原林化」というスローガンのもとに、10年以内に全国の山林を元通りにすると宣言し、植林事業を開始した。
この政策の方向性そのものは間違っていないが、畑を無理やり奪うなど強引なやり方に怒った庶民は、植樹された苗木を抜いて作物を植えたりするなど、様々なサボタージュを行い、順調に進まなくなった。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面(参考記事:「とても生きていけない」土地奪う金正恩命令に国民が危機感)
平安北道(ピョンアンブクト)の情報筋も、龍川(リョンチョン)で同様にトゥエギバッでの耕作が禁止が強化されたと伝えた。トゥエギバッによる山林被害面積が増えている、深刻な状況を正せとの指示に基づくものだ。
住民は今まで、山林監督局や山林指導員にワイロを渡して、苗木が植えてある土地を借りて、その隙間に大豆やジャガイモを植えてきたが、これも違法とされて禁止となった。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面当局は「後世に受け継ぐべき財産である山林資源保護に皆が立ち上がろう」と言っているが、土地を奪われた住民は反発している。
今回の禁止令によって何が起こるか。それは住民のさらなる困窮と食糧難の深刻化だ。
トゥエギバッに植えられる作物は自家消費用であると共に、余剰分は市場を通じて地域住民の手に届く。売る人は貴重な現金収入を得て他の食べ物を買うが、収入が途絶えることでそれができなくなり飢えに直面する。ただでさえ深刻な食糧難に苦しむ住民をさらに苦しめることになるわけだ。また、地域住民も確保できる食糧の量が減る。
山に緑が戻れば戻るほど、人々の暮らしが苦しくなるというジレンマが生じているのだ。それならまだマシで、植林が適切に行われず木が育たない事例も少なくない。
(参考記事:凍った土を掘って木を植える北朝鮮の植林事業)