北朝鮮は社会主義を標榜しており、表向き、私的な営利行為は禁じられている。それでも商業広告の類がまったくないわけではなく、「時計を修理します」「裾上げ承ります」などと言った文字だけの広告はある。
ただ、他の国で見られるような派手なものは、ごく一部を除いては存在しない。日本をはじめ資本主義社会では広告が占めている建物などのスペースは、大量の政治的スローガンが埋めている。例を挙げるときりがないが、最近のものとしては
「全民が一心団結して防疫大戦と経済建設で勝利を達成しよう!」
「防疫危機を打開し祖国と人民の安寧を固く守ろう!」
「防疫大戦で党中央の別働隊の威容を!」
などがある。
そんなスローガンを、どういうわけか上下逆さまに掲げてしまった工場の幹部が摘発されたと、平安南道(ピョンアンナムド)のデイリーNK内部情報筋が伝えた。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面事件が起きたのは、温泉地として知られる陽徳(ヤンドク)にある養蚕工場でのことだ。朝鮮労働党平安南道委員会(道党)の検閲(監査)が来るとの知らせを受け、大慌てで旗とスローガンを夜のうちに掲げた。電力事情の悪い北朝鮮のこと、作業が真っ暗闇の中で行われたことは想像に難くない。
そして翌朝。検閲にやってきた道党の宣伝部の係官は、「三大革命赤旗獲得運動」のスローガンと、「自力更生」の旗が、逆さまに掲げられているのに気づいた。
係官は、工場の党書紀を呼び出して猛烈に責め立て、批判書を書かせ、毎日のように道党の本部に呼びつけて「これは政治的問題」だと批判し続けた。工場の党書紀は、手違いではあっても政治的に責められても仕方がないと考え、恐怖のあまりに平身低頭だったという。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面その様子を見た道党宣伝部は、こんな問いを投げかけた。
「問題をさらに大きくしたいか、それとも静かに済ませたいか」
それを聞いてピンときた工場の党書紀は、トンジュ(金主)のところにすぐさま駆けつけ、パンパンに膨れた封筒を持ち帰り、宣伝部に渡したという。つまり、ワイロだ。北朝鮮で札束1本と言えば50万北朝鮮ウォン(約8500円)だが、実際にはそれ以上あっただろう。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面問題を大きくするということは、中央に報告されるということを意味するが、最悪の場合、工場の党書紀のクビは飛び、朝鮮労働党の陽徳郡委員会まで飛び火しかねない。ちなみに、上下逆さまにかかげてしまったのが、金正恩総書記や金氏一家に関するスローガンだったら、物理的にクビが飛んでもおかしくない。
(参考記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面)
それで、宣伝部は暗にワイロを求め、党書紀はそれに乗ったというわけだ。カネさえあれば、大抵のことはなんとかなる北朝鮮らしい出来事だ。
(参考記事:数百円で量刑を3分の1にできる北朝鮮の司法制度)さて、工場に戻った党書紀だが、支配人らイルクン(幹部)を呼びつけ、「なんてことをしてくれたんだ、工場の党委員会が危機に陥る寸前だった」と叱責し、生産量を増やして、トンジュから借りたワイロのカネを返済することにしたとのことだ。
これに対して従業員からは「わざとやったわけでもなく、夜中に指示が下され、大慌てで作業をしてミスしただけなのに、それを理解せず政治問題にしようとしてカネをせしめるのはあまりにも卑劣だ」と、口々に道党宣伝部を罵ったとのことだ。
また、工場の財政事情が悪く、今年の計画(国から下されたノルマ)の達成もできておらず、従業員の越冬準備もしなければならない。それなのに、お上(道党)は細かいことにイチャモンを付け、私腹を肥やしたとの批判も相次いだという。
(参考記事:「金日成銅像」に妻を奪われた北朝鮮男性の悲劇)