金正恩総書記が去年3月に打ち出したメガプロジェクトのひとつ、郊外の寺洞(サドン)区域の松新(ソンシン)・松花(ソンファ)地区を再開発する「平壌市1万世帯住宅」計画。工事が終わり、1万世帯の住宅が完成したと、国営の朝鮮中央通信が今年4月に報じている。
ところが、完成したばかりの住宅が欠陥住宅であったのは、本欄でも既報のとおりだ。平壌のデイリーNK内部情報筋によれば、地区の「目玉」である80階建てのタワマンで、先日の大雨と強風で、窓枠から雨漏りする家や、天井裏が水浸しになる家が続出。また、廊下でも雨漏りが起きた。
朝鮮労働党の寺洞区域委員会と人民委員会(区役所)は今月2日、洞事務所(末端の行政機関)で緊急災難収拾会議を開き、対策として、区域の建物補修事業所に、屋上と階段の防水工事をやり直させることとした。
雨漏りの現場点検を行った建物補修事務所のイルクン(幹部)は、雨漏りは防水工事の部分的欠陥によるもので、使われている資材も質の低いものだとの報告を上げたという。
金正恩氏が旗を振った重要プロジェクトで、こんな手抜き工事が行われたのはなぜなのか。その理由は、上述の朝鮮中央通信の記事に現れている。以下、一部抜粋する。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面超高層住宅建物の骨組み工事が80日目に完工して、大建設戦闘の突破口が開かれた。
各人民軍部隊は、一日平均1000余立方メートルの土量を処理し、24時間、30時間がかかっていた型枠の組み立てと混合物打ち込み時間を6時間、10時間に短縮して住宅骨組み工事を日程計画より繰り上げて終えた。
2カ月以上かかると言っていた側面外壁の壁塗りとタイル張りを一週間に終えた。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面数十件の考案および技術革新案を大胆に取り入れて、建設速度を高めた。
一般的にマンションの建設にかかる期間は「階数×1カ月+1カ月」とされているという。つまり、今回問題になった建物の場合は81ヶ月はかかるということになるが、それをわずか3カ月、複合施設まで合わせて1年で終えてしまった。
そんな無茶な工事を行ったのに、記事は速く建てられたことを、望ましいことと評価している。これが北朝鮮の病弊の一つ「速度戦」だ。何らかの政治的記念日、今回の場合は4月15日の太陽節(金日成主席の生誕記念日)110周年を華々しく飾るために、建物などを建設したり、生産量のノルマを繰り上げ達成したりすることを指す。必然的に、質は度外してされてしまう。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面(参考記事:「手足が散乱」の修羅場で金正恩氏が驚きの行動…北朝鮮「マンション崩壊」事故)
同じ平壌の平川(ピョンチョン)区域では2014年5月、完成したばかりの高層マンションが崩壊、500人が生き埋めになり死亡したとされる大惨事となった。この原因も速度戦による手抜き工事と見られている。
実際、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)は、昨年5月に建設現場を訪れた慈江道(チャガンド)の情報筋の話を、次のように伝えている。
「建設工事支援のため、平壌の現場に行ってきたのだが、速度戦のせいで1日にやっと2~3時間の睡眠しかとれない兵士たちは苦痛を訴えていた。何日か雨が降り続いたのに、何の対策もなく野積みにされた鉄筋が真っ赤に錆びても、気に掛ける人が誰もいない」
また、やはり金正恩氏の自慢のタワマン通りのひとつ、「未来科学者通り」の建設に動員された元兵士はデイリーNKジャパンの取材に対し、次のように語っていた。
「未来科学者通りは金正恩が自ら旗を振った事業でもあり、当初は安全管理についても関係当局から厳しく指導されていました。しかし、現場に供給されているはずの資材が足りないといったことが、次第に増えました。現場の監督には、その問題を追及する権限がありません。横流しは、もっと上の方(上層部)がからんでいたのでしょう。しかも、どんどん工期が迫ってくる。セメントと砂の混合比率や鉄筋の使用量が、上層階に行くほどいい加減になっていきました。北朝鮮で地震はほとんど起きませんが、いずれ何かの拍子に、建物がぜんぶ崩壊してもおかしくありません」
こうした建設事業ではスピードを重視して安全を度外視することから、建設労働者の死亡事故も日常茶飯事だ。金正恩総書記はかつて、行き過ぎた速度戦を諌める発言をしてはいるものの、しばらくすると「いついつまでに完成させろ」と矛盾した発言をしている。
多くの人の命と財産を奪う悪習である速度戦。そこから抜け出すことは、かくも難しいようだ。