来年3月に行われる韓国の大統領選挙。すでに与野党とも、予備選挙を経て候補を決定しており、与党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)氏、野党「国民の力」の尹錫悦(ユン・ソンニョル)氏の事実上の一騎討ちの構図となる。
北朝鮮の国営メディアはこの選挙のことを取り上げていないが、様々なルートを通じて、韓国の状況を知る北朝鮮国民も少なくない。デイリーNK取材班は、北朝鮮国内での反応を調べるために、両江道(リャンガンド)在住で密輸を営んでいるAさん(30代男性)と、開城(ケソン)市在住で、商品を他地方へ運ぶ「タルリギ」という商売を営んでいるBさん(40代女性)とのインタビューを行った。
両氏とも中国、韓国にほど近い地域に住み、仕事上も海外情報に接しやすい立場にある。一般の北朝鮮国民の意見とは異なる可能性があるが、二人が共通して望んでいるのは、北朝鮮が直面している生活苦、食糧難を少しでも楽にしてくれる韓国大統領の誕生だ。
ー韓国の大統領選挙について聞いたことは?関心はある?
A:中国の業者を通じて聞いた。関心を持っている。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面B:(テレビの)チャンネルは固定するように言われているが、ときどきチャンネルを回していると南朝鮮(韓国)のテレビが映ることがある。ずっと見ているわけではないが、ときどき見ており関心はある。
(参考記事:北朝鮮山奥で「韓国テレビ放送」が受信可能…ソウルから300キロ)ー関心がある理由は?
A:密輸に北南関係(南北関係)が影響を及ぼすからだ。北南関係がよければ問題がないが、よくなければ中国の業者の考え方や動向をすべて把握しなければならず、非常に面倒だ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面B:全国に13ある道の中で、開城が南朝鮮の大統領選挙に最も関心がある。理由は朴槿恵の党(現在の国民の力)が大統領にならなければ、開城が開かれると考えるからだ。今の開城には生活を成り立たせる仕事が本当にない。南朝鮮から観光に来ていたころ(注1)は儲かっていたし、開城工業団地をやっていたころも、白飯を腹いっぱい食べられていた。
南朝鮮のラーメンやチョコパイを腹いっぱい食べていると言ったら、(他の地方に住む)親戚たちが羨ましがっていた。そんな日々が一日でも早く戻ってきてほしいので、南朝鮮の大統領選挙に関心を持ち、開城工業団地を閉鎖した朴槿恵の党が(大統領に)ならないことを望む。ともかく文在寅(現大統領)を継承する人になってこそ、開城は生きていける。
【編集部注1:2007年12月から約1年間、韓国から陸路で開城を日帰りで訪れる「開城観光」が行われていた。】
(参考記事:開城工業団地閉鎖に住民不満…「将軍様が我々の胃袋を奪った」)人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面
ー与党「共に民主党」は李在明前京畿道知事を候補に選んだが、人物像やイメージは?
A:李在明について知っていることはない。
B:李在明は労働者、農民の息子で、われわれ(北朝鮮)に良い認識を持っている人だ。「眼差しが鋭く顔つきが普通ではない。だから貧乏人だった人なのに、弱肉強食の資本主義社会で道党責任書記(道知事)をやって大統領になろうと名乗り出たのではないか」という人もいる。
ー与党を牽制する第1野党「国民の力」からは尹錫悦前検事総長が大統領候補に選ばれた。噂や評価は?
A:尹錫悦が誰か知らなかったが、中国の業者から大体のことを聞かされた。その業者は、尹錫悦が朴槿恵の党から出馬するが、文在寅が登用した幹部らしい。しかし、わが国には「一度裏切ったら二度、三度と裏切る」ということわざがある。朴槿恵を捕まえた人がその党から出馬するということを聞いて、南朝鮮の選挙は子どもの遊びかと思った。
B:尹錫悦は私たち庶民の立場からすると、清算の対象である地主、資本家、金持ちの家の出ではないか。さらに、(北)朝鮮の人々が最も嫌う裁判官(実際は検事)出身だと言うから、南朝鮮の人々をことごとく捕まえようというのではないかと言われている。
(参考記事:トウモロコシとコメで「無罪」を勝ち取れる北朝鮮の公開裁判)ーどちらが当選すれば北朝鮮にとって有利?
A:文在寅が(平壌の)メーデースタジアムで大勢の群衆が集まった中で演説する光景を感無量で見守った記憶が強烈だ。翌日にも統一されるかもしれないと思い泣いたが、そんな党から候補が出れば(当選すれば)わが国(北朝鮮)にとってもいいだろう。
ただし、文在寅は希望を与えたが、結果はコメひとつかみも得られなかったではないか。だから、個人的には誰が(大統領に)なろうとも、(韓国南西部の穀倉地帯の)湖南(ホナム)平野のコメを口にしてから久しい人民を支援してくれる人ならば、(死んでも)思い残すことはない。
また、コロナワクチンを支援してくれて、国境を開かせてくれる人、北南関係で火花を起こして同族相残(同じ民族の争い、朝鮮戦争)を起こさない人が(大統領に)なってくれればいい。
B:李在明が妥当だと思う。開城の人たちは、強い望みを持っている。開城工業団地を再開することだ。白飯を食べていたあの時代には、開城工業団地の労働者として働いていた。夢のような時代を取り戻すには、李在明になってもらわければならないと思う。
ー韓国の次期大統領に望むことは?
A:さきほど言ったとおりだが、もう一つ言いたいのは、誰が大統領になってもどうか南朝鮮に行った人を捕まえて送り返す恐ろしいことはやめてほしい。どれほどひどければここから南朝鮮に行ったのか。
文在寅が海に出て越南(脱北)した人を板門店から送り返したことの波紋は非常に大きかった。密かに行っても捕まって送り返されたことに人々は震え上がった。行く途中に捕まったわけでもなく、向こうに着いてから捕まって送り返された。送り返されれば3代が滅ぼされる。わが国にも間違いはあるが、新たに南朝鮮の大統領になる人には本当にこんなことはやめて欲しい。
(参考記事:【北朝鮮国民インタビュー】韓国の脱北者追放「わが国民は絶望している」)
B:望むことが4つある。まずは全朝鮮人民にコメは送れなくても、子どもたちだけにはひもじい思いをさせないようにトウモロコシと、病気の時に飲む基礎的な薬品を支援して欲しい。2つ目は、南朝鮮では皆が予防注射(ワクチン接種)を受けていて、(コロナの状況が)よくなりつつあることは耳にしてよく知っている。予防注射を受けるのに北と南が協力して欲しい。
3つ目は、開城市民が食べて行けて生活レベルが上がるように開城工業団地を再開して欲しい。大砲や銃弾、核を作るわけでもあるまいし。北と南が合意しなければならないが、基本的には南朝鮮の新しい大統領の役割だと考える。4つ目は、保衛員(秘密警察)の話では、開城工業団地は米国の顔色をうかがって再開できないらしい。開城工業団地はわが民族同士の経済交流なのに、なぜ米国の顔色をうかがうのか。一国の大統領がなぜ自分の主張をできないのか。新しい大統領には米国の顔色をうかがうことなく、言葉より実践に移して欲しい。
ー最後に、韓国の大統領選挙の制度についての考えを
A:外国では大統領を投票で選ぶことを知っている。自分の社会の一人として、声を出せるということはいいことだが、安定的ではないようにも見える。経験したことがないので、不慣れで理解も不足している。
B:経験したことがないので、よくはわからない。(朝鮮労働)党が決めた人に無条件で賛成しなければならないわが国の選挙とは完全に違うのではないか。南朝鮮で大統領と言えば、わが国の首領(金正恩総書記)ではないか。そんな大統領が人民が自分の手で、自分の意思で選ぶということは、(北)朝鮮人として考えすらできない。選挙制度だけを見ると、南朝鮮のほうが平等な国のようだ。
(参考記事:韓国で「ホンモノ」の選挙を初体験する脱北者たち)