社会主義計画経済システムを採用していた旧共産圏諸国では、働いても働かなくても給料は同じであることから、労働忌避現象――つまりは「サボタージュ」が広がった。旧ソ連などでは刑事罰の対象とすると同時に、大増産運動などで生産性向上を図ったが、さほど意味はなかった。
改革開放が始まった後の1990年代の中国ですら、国営百貨店の店員はショーウィンドウに突っ伏して昼寝し、物を買いに来た客が店員を起こそうものなら、罵倒され追い払われるような有様だった。資本主義化した今の中国では考えられないことだ。
機能不全に陥っているとはいえ、全世界で唯一、社会主義計画経済システムを維持している北朝鮮。労働者の働きぶりについての外部の人々による評価は様々だが、積極的に働こうとしない人が少なからず存在するのは事実のようだ。
それは末端の労働者だけでなく、国営の工場や企業所の幹部とて同じだ。当局は、幹部に対して実績を上げるように締め付けを強めているが、ムチばかりでアメを与えないやり方による弊害が現れていると、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じている。
「最近、工場や企業所の責任幹部は毎日のように、当局から工場の生産実績を上げろとプレッシャーをかけられている」。こうぼやくのは、平安南道(ピョンアンナムド)の幹部情報筋だ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面当局は、今年1月の第8回党大会で金正恩総書記が提示した「国家経済発展5カ年計画」に基づき、各工場、企業所に生産実績のノルマを割り当てた。また、これまでは月ごとの報告だったが、毎日の実績を報告するように指示を下した。
しかし、5カ年計画そのものが机上の空論だ。事業所は、1990年代後半の大飢饉「苦難の行軍」の頃に操業停止に追い込まれ、20年経っても再開できていないところも少なくない。また、従来のシステムなら製品の原材料や電力などは、国家計画委員会の割り当てに基づいて国から支給されていたが、今ではそれすら途絶えて久しい。
この幹部は、ノルマを達成することなど事実上不可能なのに、当局は「幹部の能力と党への忠誠心を動員して無条件で生産課題を遂行せよ」とプレッシャーをかけるばかりだと述べた。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面「わずかに残った内部資源を総動員してエネルギー、原料、資材の問題を解決し、かろうじて稼働にこぎつけたが、再停止するのも時間の問題だ」(幹部)
幹部の間から、「実現可能性のない計画を押し付けて、自力更生の精神で命令さえ下せば工場が動くとでも思っているのか」などと言った反発の声が上がるのも当然のことだろう。
ノルマ未達成の責任をなすりつけられることを嫌う幹部たちは、こんな手段で対抗している。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面「計画を遂行できなかった工場幹部が処罰されるのは火を見るよりも明らかなので、一部で体調不良を理由に幹部ポストを降りる事例が現れている」(幹部)
いくら実現不可能な計画でも、「こんなの無理です」などと正直に言った日には、反党、反革命分子の烙印を押され、下手をすると管理所(政治犯収容所)送り、最悪の場合には見せしめとして処刑されかねない。そこで、体調不良を理由にした消極的なサボタージュで、責任から逃れようとする現象が現れ始めたということだ。
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平安北道(ピョンアンブクト)の別の情報筋は、精神論ばかり振りかざす当局を激しく批判した。
「今年に入ってから、最高首脳部が深刻な経済難を打開するとして、大規模な国家的行事を何度も開催したが、出してきた案を見ると、現実的で実効性のある対策は一つもない」
「電気も原材料もないのに、『思想の結集だけで自力更生はできる』と工場幹部にプレッシャーをかけているが、こんな状況で誰が幹部のポストに座り続けようとするのか」
こうして「降りた」幹部の後任がどうなっているかについて、双方の情報筋とも言及していない。いずれにしても、こんな「ババ抜き」のような状況で積極的に幹部になろうとする人はそうそういないだろう。かねてから若者の間では「重罰で殺されかねない」と、国の機関、国営の工場、幹部になるのを避けて、給料のよい合弁企業で働こうとする風潮が強まっている。
(参考記事:北朝鮮で超人気の就職先。理由は「銃殺されないから」)
核を放棄して経済制裁を解除し、海外の投資を呼び込むしかないことは、ほとんどの幹部が理解しているが、下手に改革開放を口にしようものなら処罰されかねない。誰もが何も言えずにいると、情報筋は報告を締めくくった。
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