金正恩氏の「無慈悲な粛清」を生き延びた北朝鮮外交官のチームプレー

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北朝鮮の金正恩党委員長が10日、トランプ米大統領との米朝首脳会談に臨むためシンガポールに到着した。金正恩氏には今回、妹の金与正(キム・ヨジョン)朝鮮労働党第1副部長、金英哲(キム・ヨンチョル)党副委員長のほか、李スヨン党副委員長、李容浩(リ・ヨンホ)外相らが随行している。

これまで、北朝鮮側で米国との対話を主導してきたのは、訪米してポンペオ国務長官と会談し、ホワイトハウスでトランプ氏に親書を手渡した金英哲氏だ。しかし会談が成功して米朝間の対話のチャネルが広がった場合、金与正氏や李スヨン氏、李容浩氏の出番がしだいに増える可能性がある。

李スヨン氏は党国際部長と最高人民会議外交委員長を兼務し、北朝鮮の外交全般を統括している。長期にわたり駐スイス大使を務め、海外の人脈も豊富だ。また李容浩氏は、自他ともに認める米国通である。ここに金桂冠(キム・ゲグァン)第1外務次官や崔善姫(チェ・ソニ)外務次官らを加えた専門外交官らのチームプレーなくしては、北朝鮮の対米外交はうまく回らないだろう。

北朝鮮の体制は独裁者による恐怖政治が最大の特徴だが、それはときに、有力者どうしの権力闘争や利権争いにも利用される。かつて水面下の対日交渉を担当した柳敬(リュ・ギョン)国家安全保衛部副部長が、金正恩氏の叔父である張成沢(チャン・ソンテク)元党行政部長のワナにかかり家族もろとも銃殺されたというエピソードが典型的だ。

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ちなみに張成沢氏もその後、金正恩氏により処刑される運命をたどった。同氏の処刑に際しては、愛人で元スター女優のキム・ヘギョンをはじめ1万人もの関係者が粛清されたと言われているが、おそらくその中にも、政敵により無実の罪で陥れられた人々がいただろう。

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こうした「足の引っ張り合い」は、同じ職場内にも存在する。昇進の妨げになるライバルを蹴落とすために、あるいは体制への忠誠心を強調して保身を図るために、同僚の「問題行動」を密告するのだ。

しかし韓国に亡命した太永浩(テ・ヨンホ)元駐英北朝鮮公使の近著『3階書記室の暗号 太永浩の証言』(原題)によれば、外務省内においては、このような「裏切り」はほとんど見られなかったという。海外との行き来が多く、体制の矛盾をほかの誰よりも痛切に知るインテリ外交官たちは、最高指導者が下す無茶な指示にやりきれない感情をいつも抱えている。そのため、同僚の誰かが不満を吐露しても冗談として聞き流し、思想教育で同僚との相互批判を求められた際にも「つるし上げ」のような過激な行為は決して行わず、紳士的な態度を保っていたという。

今後、北朝鮮が本格的に欧米や日本などと付き合うためには、求められるのはこのような常識的な態度だ。実際、金正恩氏も最近、そのような指示を下したとも伝えられる。

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もっとも、金正恩氏は日本に対してはまだ、そのような態度は見せていないのだが。

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高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記