北朝鮮と韓国の間で対話ムードが高まるなか、金正恩党委員長が主導権掌握に向け、「第三のカード」を切った。北朝鮮は25日に予定されている平昌冬季五輪の閉会式に金英哲(キム・ヨンチョル)朝鮮労働党副委員長を団長とする代表団を送ると表明した。金英哲氏は対韓国政策を統括する党統一戦線部長を務めており、対韓強硬派と見られている人物だ。
グラマラス美女から強硬派へ
金正恩氏はこの間の南北対話で巧みな「微笑み外交」を見せている。まずは三池淵(サムジヨン)管弦楽団と美女応援団を韓国へ送り込んだ。三池淵管弦楽団は訪韓初日から、その華やかな衣装と柔らかな笑顔で、韓国国民の関心を引き付けた。芸術公演では青峰(チョンボン)楽団のエースである女性をセンターに据えた。金正恩氏の狙いどおり、楽団と美女応援団は五輪報道の主役の座を射止めた。
(参考記事:北朝鮮芸術団、韓国男性を悩殺する「グラマラス美女」の正体)三池淵管弦楽団と美女応援団が、金正恩氏が切った最初のカードだったとすれば、第二のカードは実妹の金与正(キム・ヨジョン)氏だ。故金日成主席を始祖とする金王朝、いわゆる「白頭の血統」の一員が韓国を訪れたのは、史上初である。その金与正氏が、兄の特使として文在寅大統領に訪朝を要請するメッセージを伝えたことは、間違いなく文在寅政権に強烈なインパクトを与えた。
(参考記事:金正恩氏の妹・金与正氏の「恋愛事情」と兄妹の本当の関係)そして、金正恩氏が「第三のカード」として韓国へ送り込むのが金英哲氏だ。しかし韓国では、早くも異論が噴出した。金英哲氏は、韓国独自の制裁対象に指定されているだけでなく、2010年3月に韓国海軍の哨戒艦「天安」が北朝鮮により撃沈された事件、そして同年11月の北朝鮮による延坪島砲撃事件を主導した「強硬派」として知られている。
デイリーNKは2016年、金英哲氏を身近から見た朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の元上佐にインタビューした。彼によると金英哲氏は「非常に聡明な人物だった」という。一方、「一度何らかの目標を定めたら、いかなる手段と方法を使ってでも必ず達成する性格だ」とも伝えた。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面金英哲氏は1989年2月の南北当局者会談の予備接触に、北朝鮮代表として出席し、1990年9月の第1回南北高位級会談にも、北朝鮮側代表団の一員として出席した。この時の働きが金日成主席の目にとまり、公に「別名」を名乗るという特別な許しを得ている。
(参考記事:【インタビュー】韓国哨戒艦「天安」撃沈事件、延坪島砲撃を主導した金英哲氏とは?)2009年には朝鮮労働党と朝鮮人民軍の特殊工作機関を統合して設立された偵察総局の初代総局長に就任した。偵察総局は、昨年2月13日に起きた金正男氏暗殺事件にも関与したと囁かれている。
(参考記事:「喜び組」を暴露され激怒 「身内殺し」に手を染めた北朝鮮の独裁者)金英哲氏らは27日に、文大統領と会談する予定だという。金正恩氏が制裁対象となっている金英哲氏を送り込んだのは、制裁緩和が狙いであるとの指摘がある。それだけでなく、強硬派として目される人物を送り込むことによって文氏の南北対話への本気度を計る思惑もあるのかもしれない。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面金英哲氏は約30年前の南北会談に加わったことが、出世階段を上がるきっかけとなった。そして今度は団長としてソウルに乗り込む。工作機関のトップを務め、南北対話にも関わった実績を持つ手強い人物に、文氏がどのように相対するのか注目される。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。