米国のドナルド・トランプ大統領が来日する中、北朝鮮の国営メディアが連日のように米国を非難し、反米姿勢をアピールしている。
その一方で、あれだけ日本列島を震撼させた弾道ミサイルの発射については、9月15日に中距離弾道ミサイル「火星12」型を発射して以後、ピタッと止んだ。
韓国の情報機関である国家情報院(国情院)は2日、国会情報委員会による国政監査で、「平壌にあるミサイル研究施設で車両が活発に動くなど、ミサイルを発射する可能性がある」と報告した。今日明日にでもミサイルが発射される可能性はあるが、筆者はトランプ米大統領がアジアを歴訪しているタイミングで挑発する可能性は低いと見ている。
むしろ、金正恩党委員長の関心は米国に対する挑発ではなく、内政に向かっているのではないかと思われる。粛清による恐怖政治が再開されたもようなのだ。
「ミンチ」にして処刑
韓国メディアによると、国情院はミサイル発射の可能性を報告すると同時に、金正恩氏が幹部に対する監視を強化し、しばらく自制していた粛清と処刑を再開したと報告した。国情院は、朝鮮労働党機関紙・労働新聞の幹部数人が、ミサイル発射の祝賀行事を1面に掲載しなかったという理由で革命化教育(思想教育)を受け、平壌の高射砲部隊の幹部が不正を働いた疑いで処刑されたと報告した。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面軍幹部の処刑といえば、一昨年4月に当時の人民武力部長(防衛相)だった玄永哲氏が無慈悲に処刑された出来事が記憶に新しい。金正恩氏は、玄氏を人間を文字通り「ミンチ」にする高射銃で処刑し、自身の残虐性を知らしめた。
(参考記事:玄永哲氏の銃殺で使用の「高射銃」、人体が跡形もなく吹き飛び…)玄氏の粛清・処刑のみならず、金正恩政権の6年間を振り返ると、おおよそ国際社会への挑発→国内に対する恐怖政治というサイクルを繰り返している。
金正恩体制は2012年12月に衛星打ち上げロケットと称する弾道ミサイルの発射実験を行い、これを成功させた。その翌2013年2月には第3次核実験を強行、3月には朝鮮戦争の停戦協定を白紙にすると明言した。この時、韓国は第2次朝鮮戦争が始まるのではという恐怖に包まれ、当時の国連事務総長だった潘基文(パン・ギムン)氏は、涙ながらに金正恩氏に挑発をやめるよう訴えた。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面そんな金正恩体制の対決姿勢も夏には収束する。そして同年12月には、叔父である張成沢(チャン・ソンテク)氏を処刑するという北朝鮮史上、類を見ない粛清事件が起きたのである。
筆者は、金正恩氏が暴君へと変化するターニングポイントがこの時だったと見ている。実際、この事件以後、金正恩氏の恐怖政治が本格的に幕を開ける。翌2014年、北朝鮮は大きな軍事的挑発を行っていないが、国内では粛清と処刑の準備が行われていたのかもしれない。
2015年3月には、金正恩氏の妻である李雪主(リ・ソルチュ)夫人も一時期在籍していた「銀河水管弦楽団」のメンバーらが銃殺された。北朝鮮での銃殺刑は珍しくないが、メンバーらは凄惨きわまりない殺され方で銃殺されたと伝えられている。
(参考記事:北朝鮮、スパイ容疑の芸術関係者を「機関銃で粉々に」)人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面
3月には先述の玄永哲氏処刑事件が起き、5月には、金正恩党委員長がスッポン工場を現地指導した際、管理不十分という理由だけで責任者を処刑し、さらに処刑直前の激怒の動画まで公開した。
(参考記事:【動画】金正恩氏、スッポン工場で「処刑前」の現地指導)2016年1月には第4次核実験を強行し、またもや国際社会へ強硬姿勢をアピールした。そして今年2月には、異母兄である金正男氏がマレーシアのクアラルンプール国際空港で殺害される事件が起きる。事件の真相は闇の中だが、筆者は金正恩氏が金正男氏の暗殺を決断したと見ている。
この事件の後、金正恩氏はそれ以前にも増して米国との対決姿勢を強めた。しかし今、米朝対立はなおも続いているものの、一時期よりは沈静化している。
こうした中、金正恩氏は国内政治に目を向けているのではないだろうか。実際、10月に行われた朝鮮労働党の総会では、実妹の金与正(キム・ヨジョン)氏や、きわめて親しい関係にあると見られるモランボン楽団の団長である玄松月(ヒョン・ソンウォル)氏を党の要職に抜擢するなど、異例の人事を断行した。
逆に言えば、金正恩体制に必要がないと判断した人物の除去作業、つまりは粛清の準備に取りかかっているのかもしれない。北朝鮮のあらゆる機関の幹部達は、今ごろ戦々恐々としているはずだ。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。