それでもなお、Aさんは脱北した娘に「戻ってくればいい、そうすれば許してもらえる」と帰国を促していた。
しかし2015年7月の初め、電話で「このチャンスを逃したらもう会えないかもしれない」と言われた。従業員から監視されていたことを知り、国への忠誠心も期待も失っていたAさんは、二つ返事で韓国に行くと答えた。ダメ元で脱北を提案した娘は、母の言葉に驚いたという。
その年の7月、北朝鮮では地方人民議会代議員選挙が行われた。当局は選挙の際、選挙人名簿を元に住民の動向調査を行い、行方不明者がいれば脱北を疑って調査に乗り出す。そんな敏感な時期をやり過ごしたAさんは、選挙が終わった直後に北朝鮮から脱出した。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。