禹仁姫(ウ・イニ)氏は、非常に開放的な性格の女性だったという。そして、高級幹部や裕福な日本からの帰国者たちの間では、彼女と様々な男性の噂が絶えなかった。
その相手の1人が、日本出身の帰国者で、平壌市普通江(ポトンガン)区域新原洞(シノンドン)に住んでいたA氏だ。彼の父親は在日本朝鮮人総連合会系の商工団体幹部だった。
一説によると、父親はトラブルメーカーだった息子の性根を叩き直したい一心で、金日成主席に頼み込み、A氏を北朝鮮に送り込んだと伝えられている。
すべてを「酒と女」に
一方、脱北者で、朝鮮日報の記者を務めた姜哲煥(カン・チョラン)氏はA氏の「ドラ息子説」を否定している。