同時に正恩氏は、党大会での報告で、北朝鮮と朝鮮労働党の歴史を意のままに解釈。異を唱えられなかった幹部らは「踏み絵」を踏まされたようなもので、今後はいっそう、正恩氏に服従せざるを得なくなった。
正恩氏は、人事も好きなようにいじった。腹心を出世させたのはもちろんだが、サプライズ人事もあった。衆人環視の中で連行され、処刑されたと思われていた軍幹部を復権させた。自らに服従すればこそ生きられるということを、見せつけたかったのではないか。正恩氏が、このような「血と恐怖」のシナリオをもって党大会開催を目指したのだとすれば、彼の権力に対する本能と野望はまったく侮れないものだということになる。
しかし、そのことが今後も彼の統治が上手くいくことを意味してはいない。北朝鮮国民が切実に求めているのは、飢える心配のない生活であって、それを「恐怖政治」で与えることはできない。北朝鮮で、国民が体制に異を唱えることは、死の危険に直結する。それでも、異を唱えた人々がいなかったわけではない。
もし、こうした出来事が再現されたとしたら、国際社会から人権問題で厳しい追及を受ける中、金正恩体制は「虐殺」で応じることができるのか。金正恩体制はいずれ、北朝鮮国民から最も深刻な挑戦を受ける可能性があるということだ。
