また、公式メディアは、北朝鮮当局の大本営発表のみで、まともな情報を伝えないため、庶民達は少しの異変にも敏感に反応する。とくに、中朝国境の鴨緑江の対岸では、中国側が軍事訓練を行う度に、住民たちは不安に思っていた。
北朝鮮当局は「戦闘動員態勢」は、米韓の攻撃に備えるためと強調しているが、多くの庶民はまともに受け止めてない。むしろ、昨今の悪化した中朝関係の影響のせいで、「攻めてくるとすれば、米韓ではなく中国軍だろう」と感じているのだ。
(参考記事:中国は本気で金正恩氏を追い詰めるのか)とはいえ、北朝鮮庶民達の多くはこっそりと海外ラジオを聞きながら、ある程度、国際社会の動きも把握している。その一方で、情報にアクセスできない人々も多く、彼らが中国側の些細な変化に敏感に反応し、デマ拡散へとつながったと見られる。
今回のデマとは違って、少し前には、朝鮮半島有事が発生した場合、金正恩第一書記がひとりで「飛んで逃げる」とする冗談じみたデマが拡散した。正恩氏の飛行機好きに引っ掛けたものではあるが、その一方で、彼が整備させてきた秘密施設も絡めた内容であるだけに、秘密警察が収拾に乗り出す事態にまで発展している。
(参考記事:「有事に金正恩は飛んで逃げる」北朝鮮国民のクール過ぎる分析)北朝鮮当局は、こうしたデマが起きる度にあの手、この手を使って打ち消そうするが、そんなことをしなくても、しばらくたつと自然と消えるものだ。ただし、デマの過程で庶民の間で自然とわき出る当局への不満と、その頂点に立つ最高指導者、すなわち金正恩氏に対する不満を抑えることは難しい。だからこそ、デマの拡散に躍起になるのかもしれない。
(参考記事:金正恩氏が「暴走」をやめられない本当の理由)高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。