米国とイスラエルが2月28日に開始した対イラン攻撃は、体制中枢を狙う「斬首作戦」として世界に衝撃を与えた。最高指導部の所在や移動経路が事前に把握されていたとみられる精密さは、単なる軍事力では説明がつかない。その背景として改めて注目されているのが、長年にわたり積み重ねられてきた対イラン諜報活動である。

象徴的な事例が2018年、テヘランで実行された核文書奪取作戦だ。モサドは、イランの核開発に関する機密資料が保管されていた倉庫に侵入し、数万点に及ぶ文書やデータを国外へ持ち出したとされる。施設は厳重に管理され、外部からの侵入は極めて困難とみられていた。

それにもかかわらず、作戦は短時間で成功した。鍵の位置、警備の交代時間、警報システムの仕様など、詳細な内部情報が事前に把握されていた形跡がある。関係者の多くは、施設の運用に関わる人物、あるいは周辺インフラに関与する人物の協力があったと分析している。

この作戦の本質は、単なる潜入ではない。「国家の金庫」が外部から破られたのではなく、内側から静かに開けられた点にある。情報は一点突破ではなく、複数の断片が積み重なり、全体像を形作ったとみられる。

(参考記事:「内通者500人逮捕」が映す、イラン防諜活動の脆弱性

今回の斬首作戦でも、同様の構図が浮かび上がる。指導部の居場所や移動のタイミングといった機微情報は、長期的な監視と内部協力なしには得られない。すなわち、攻撃は2月28日に突然始まったのではなく、その前段階として何年にもわたる準備が存在していたことになる。

イランは強固な治安体制を誇るが、革命体制の中枢に近づくほど、利権や派閥対立が複雑に絡み合う。経済制裁の長期化もあり、内部には不満や緊張が蓄積している。そうした環境は、外部勢力にとって「協力者」を見出す余地を生む。

核文書奪取は、イランの防諜体制にとって決定的な転機だった。国家機密が根こそぎ持ち出された事実は、単なる失敗ではなく、構造的な脆弱性を示している。今回の攻撃は、その延長線上に位置づけられるべきだろう。戦場は空や海だけでなく、すでに国家の内部深くにまで及んでいる。