北朝鮮の金正恩党委員長は3月、中国を訪問して習近平国家主席と会談した。移動手段には専用列車が使われたが、金正恩氏はどうやら、首都・平壌から乗車したわけではなかったことがわかった。

デイリーNKジャパンのカン・ナレ記者の取材によれば、金正恩氏は3月25日、専用機で空路、平壌から国境都市の新義州(シニジュ)に移動。そこで、事前に回送されていた専用列車に乗り込み、中国入りしたという。

(参考記事:金正恩氏の訪中、平壌から国境までの移動ルートが判明

北朝鮮当局はいったいなぜ、そのような煩雑な方法を取ったのか。考えらえる理由は2つだ。まずひとつは、時間の節約である。多忙な金正恩氏は、鉄道でのんびり移動するわけにはいかなかったのかもしれない。とくに、北朝鮮国内の鉄道の運行事情は悲惨だ。1990年代から深刻化した電力不足のせいで、運行中の列車が何日も止まったままになってしまう事態が当たり前になっている。

(参考記事:東京から岡山まで10日!? 電力難が招く北の「鉄道崩壊」

しかしもちろん、金正恩氏だけは例外だろう。専用列車が動くとなれば、すべての資源が最優先で供給され、問題なく運行できるだろう。父の金正日総書記が専用列車で訪中する際には、平壌から乗車していたはずだ。

もうひとつ考えられるのは、やはり保安上の問題である。実際、北朝鮮当局は3月20日から、新義州を厳戒下に置いたという。

一般の人と同じトイレを使えない事情のある金正恩氏は、代用品を愛車のベンツに装備しなければならないなど、国内での移動においても不便を強いられている。

(参考記事:金正恩氏が一般人と同じトイレを使えない訳

それにしても、自国内で自分の専用列車で移動できないとは、奇妙な印象を受けざるを得ない。金正恩氏はもしかしたら、外国よりも「国内の敵」の影に怯えているのだろうか。

実際、金正日氏の時代には、「暗殺未遂」ではないかと疑われる出来事があった。2004年春に起きた龍川駅爆発事故だ。中国を訪問した金正日氏が特別列車で帰る帰路上で、小学生ら1500人を巻き込んだ謎の大爆発が起きたのだ。この出来事はいまもって、「暗殺計画」の可能性をはらむミステリーとして語られている。

(参考記事:1500人死傷に8千棟が吹き飛ぶ…北朝鮮「謎の大爆発」事故

また、東京新聞は2017年4月2日付の朝刊で、北朝鮮で金正恩党委員長の暗殺が計画され、未遂に終わったと報じている。

同紙によれば、北朝鮮で36年ぶりに朝鮮労働党大会が開催された2016年5月、秘密警察・国家安全保衛部(現・国家保衛省)の地方組織が実施した一部住民に対する講演で、正恩氏の専用列車の爆破計画が党大会前にあり、未遂に終わったと報告していた。

これだけではない。2015年10月初め、北朝鮮の葛麻(カルマ)飛行場で、金正恩氏の視察前日に大量の爆薬が見つかったと米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じている。

建物の天井裏から発見されたのは、TNT火薬20キロ。手榴弾なら130個分以上になり、「暗殺計画」の存在を疑いたくなる量だ。

外からは盤石に見える金正恩体制だが、われわれの知らぬ不安要素が存在するのだろうか。

高英起(コウ・ヨンギ)

>>連載「高英起の無慈悲な編集長日誌」一覧

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記