劇的な兵士亡命事件「その後」の北朝鮮で起きること

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そうでなくとも金正恩氏は、軍の一般の野戦部隊に対する関心が薄いと見られてきた。今さらテコ入れしたところで、米韓との実力差は埋めがたいという「あきらめ」から来るものだ。だからこそ、金正恩氏は核兵器やサイバー攻撃部隊といった「非対称戦力」の整備に力を注いできたわけだ。

今回の北朝鮮軍の失態は、金正恩氏をいっそう、核兵器開発に駆り立てることにつながりかねない。

また、北朝鮮側とは逆に、米韓軍が株を上げたことも金正恩氏にはショックだろう。亡命した兵士は、腹部などに5発の銃弾を受けていた。知り合いの軍や警察の関係者の誰に聞いても、「普通なら死ぬ」との答えしか返ってこない。それを生かした米韓軍のプロフェッショナリズムは称賛に価する。

(参考記事:【ドキュメント】北朝鮮亡命兵「救出作戦」の実戦状況

そして、北朝鮮にとって最大の問題は、いずれこの出来事が自国民に伝わってしまうことだろう。

韓国軍は、南北の軍事境界線の近くに設置した拡声器を使い、今回の兵士亡命の情報を北朝鮮側に向けて放送している。件の兵士がJSAを突破する際、北朝鮮軍からの銃撃を受けて重傷を負ったことや、その後の治療過程などを詳しく伝えているという。

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拡声器による北朝鮮向けの放送では、K-POPや韓国のニュースなどを最大20キロ離れたところまで届く大音量で流しており、今年6月に韓国に亡命した北朝鮮軍の兵士が亡命のきっかけとして挙げるなど、北側の動揺を誘う心理戦として効果を上げている。

また、国連軍が公開した映像や、それに基づく韓国のニュース番組は、USBメモリやSDカードなどの記録媒体に収められ、密かに北朝鮮国内へ持ち込まれる可能性が高い。北朝鮮国内では、見たことが当局にバレたら死刑を免れないほど危険なシロモノとなるだろうが、それでも人々の好奇心は抑えられないだろう。

(参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは…

この出来事を知った北朝鮮国民の、そして北朝鮮軍の一般の兵士たちの心に何が芽生えるか、今の時点では筆者にもハッキリ思い描くことはできない。確実に言えるのは、金正恩体制がこの出来事の情報が国内で広まるのを押しとどめるため、血道を上げるだろうということだ。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記