金正恩党委員長の「ファースト写真集」が発刊されていた。北朝鮮の祖国平和統一委員会(祖平統)が運営する対南宣伝サイト「わが民族同士」のグラビアコーナーに「人民の偉大な空」というタイトルの金正恩氏の写真集(PDFファイル)がアップされた。
自分のヘンな写真も
金正恩氏は、国営メディアに動画や写真を公開して様々なことをアピールしてきた。例えば一昨年5月にスッポン工場を現地指導した際には、工場の管理不行き届きに激怒。カメラが回っているのも構わず怒り狂った。後にわかったことだが、同工場の責任者は銃殺された。これは「例え幹部であろうとミスを許さず、刃向かうことは許さない」という意図が込められている。
(参考記事:【動画】金正恩氏、スッポン工場で「処刑前」の現地指導】)一方、今回の写真集ではあくまでも「人民愛」をアピールしている。北朝鮮の平壌出版社が発刊した金正恩「ファースト写真集」は全171ページ。金正恩氏が最高指導者に就任して以来の5年間を振り返る体になっており、冒頭には次のような紹介文がある。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面なぜこんなにお優しいのだろうか、情に溢れた温かい微笑み
なぜこんなに燃えていらっしゃるのだろうか、愛に燃える胸
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面あー、人民のために歩む道で、笑みも涙も溢れる
なぜだか惹かれる その熱き心に
出典:「人民の偉大な空」より
今回の写真集の発刊の裏には、金正恩氏や北朝鮮指導層の様々な思惑があるだろうが、何よりも金正恩氏の自尊心の強さがなせるわざと筆者は見る。なぜなら、ここ最近の北朝鮮メディアをつぶさに見ていると、かつてはあり得なかったような金正恩氏の写真が公開されているからだ。
「朴大統領暗殺作戦」も公開
金正恩氏がある工場を現地指導した際、彼の頭の上に小人が乗っかっているような奇妙な写真が労働新聞に掲載されたことがある。こうした写真をセレクトして公式メディアに載せる判断を下せるのは、正恩氏本人以外にあり得ない。つまり、ヘンな写真の掲載には正恩氏の何らかの意図が込められているのだ。
一方、金正恩氏のメディア戦略は、自身をアピールするだけではない。昨年末には、「朴槿恵暗殺作戦」ともいえる特殊作戦を国営メディアを通じて大々的に宣伝した。「崔順実ゲート」をめぐって窮地に陥る朴槿恵氏と、次期政権にプレッシャーをかける目的があったようだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面北朝鮮は、金日成主席から金正日総書記、そして金正恩氏と続く金氏一家の個人崇拝を国体維持のバックボーンとしていることから、今回の金正恩「ファースト写真集」の発刊もさもありなんだが、意外なことにデイリーNKジャパンや本欄で紹介する写真の多くが、セレクトされている。つまり、正恩氏とデイリーNKジャパンが「これはいい」と思う写真がおおよそ同じだということになる。
これまで、表情豊かな金正恩氏の写真を紹介すると、なぜか「最高尊厳を冒とくするな!」という批判を受けることも少なくなかったが、正恩氏自身は自分の写真を紹介してもらい、実は喜んでいるのかもしれないのだ。そして、どうも金正恩氏は自分がフォトジェニックな指導者と思い込んでいるようだ。
もちろん、世界はそうは見ていない。ミサイルが発射される場面を見て大はしゃぎする。朝鮮半島の文化では原則的にしてはならないことなのに、目上の人の前で平気でタバコを吸う。老幹部の前で無理をして尊大に振る舞う──こうした金正恩氏に対して世界は「若くて未熟で無礼な指導者が虚勢を張っている」と見ている。つまり、正恩氏は大きな勘違いをしていることになる。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。