「腐った社会」を出現させる金正恩氏の未熟な統治

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2017年1月1日に発表した新年辞で「いつも気持ちばかりで、能力が付いてこなかった悔しさと自責のなかで去年一年を過ごした」と突然の自己批判をおこない、国民に向け頭を下げた金正恩氏。韓国の国策研究所・統一研究院のオ・ギョンソプ研究委員はデイリーNKに対し「『自責』という異例の単語を使ったのは、内政と経済の両面において住民の不満が高まり、民心の離反が進んでいるという反証」と分析する。

粛清の嵐

この見方を裏付ける一冊の資料がある。昨年12月に金正恩体制5周年を迎えたのを受け、韓国の国家情報院傘下のシンクタンク「国家安保戦略研究院」が刊行した「金正恩執権5年の失政白書(以下、白書)」だ。

白書では▲金正恩氏の偶像化、▲幹部処刑の恐怖政治、▲社会全般の不正腐敗の進行、▲脱北ラッシュ、▲中国との関係悪化、▲人権侵害の実情など、18の分野における金正恩氏の「失敗」を列挙している。

北朝鮮と深い対立関係にある朴槿恵(パク・クネ)政権下で編まれた文書であるため、一歩引いて読む必要はあるが、どれも当てはまるものばかりだ。

例えば、過去5年のあいだ金正恩氏は、叔父の張成沢(チャン・ソンテク)元国防委員会副委員長をはじめ340人もの高級幹部や住民を、公開銃殺または粛清したとしている。

薬物・売春も

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2013年12月、比類ない権勢を誇った張氏が、秘密警察・保衛部による軍事裁判から退廷する姿をとらえた北朝鮮メディアの写真は、記憶に新しい。恐怖政治を国際社会に強く印象づけた事件だった。

だが、こうした直接的な権力行使・人権侵害の裏で、さらに深刻な問題が北朝鮮社会をむしばんでいる。貧富の格差拡大と不正腐敗のまん延という二重苦がそれだ。

白書は7部「社会の全般的な不正腐敗の深化」という項で「人口の1%(20余万人)は10万ドル(約1,175万円)以上の資産を持っている」とする。「貧しい北朝鮮」というステレオタイプをくつがえすこの数字にこそ、二重苦を呼ばざるを得ない、金正恩式統治のカラクリが隠されている。

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本欄でもたびたび取り上げてきたが、表向き社会主義をかかげる北朝鮮では、金儲けをするということが、何かしらの違法行為につながる場合がほとんどだ。薬物密売や売春など犯罪とされている行為は言うまでもなく、小さなところでは、雀の涙ほどの給料しか出ない国が決めた職場を離脱する行為や、廃坑となった鉱山での違法採掘などがあるし、大きく見れば不動産取引や中国との密輸もこれに含まれる。

(参考記事:コンドーム着用はゼロ…「売春」と「薬物」で破滅する北朝鮮の女性たち

こうした違法行為を安全に行うために必要なのが権力だ。権力があれば、政治問題以外のどんな問題ももみ消すことができる。

だが、庶民が保安員(警察)や保衛員(秘密警察)、軍に出せるワイロの額はたかが知れている。必然的に、権力に近い者たちや、十分なワイロを出せる富裕層(金主・トンジュ)たちが金儲けを独占することになる。上記の1%がこの層にあたるのだ。ワイロを出せない者に待つのは「死」か「最底辺の暮らし」しかない。

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北朝鮮の教育で耳にタコができるほど聞かされるのが、「貧益貧、富益富」という慣用句だ。貧しいものはますます貧しくなり、富めるものはさらに富むという「無慈悲な資本主義」を批判し、自国の社会主義の優位を説く際に使われる。

それが今、北朝鮮で起きている。しかも金正恩氏は、現状に対し全くの無策であるばかりか、アベコベにがっちりと組み込まれている始末だ。

白書では「最高指導者から当局の核心幹部たち、そして地域の党と行政、経済単位の幹部に至るまで、そして一般住民のうち『トンジュ』と呼ばれる新興富裕層まで、北朝鮮全体が不正腐敗と略奪システムでつながっている」と指摘する。

金正恩氏の統治の原資が、さまざまな国家機関に分け与えた権力にあり、各機関が権力を用いて荒稼ぎした現金が「統治資金」として上納されるシステムを指している。上納金ノルマを満たせなかったり、反抗の兆しがある場合に待ち受けるのは「粛清」だ。

白書はこうした社会の姿を「(北朝鮮は)資本主義よりも激しい弱肉強食の社会になってしまった。『権力がすなわち金』であるという言葉が示す通り幹部たちの不正腐敗は最高潮に達した」と表現する。

筆者はここに、金正恩時代の未来を読み解くカギが隠されていると見る。不正腐敗の行きつく先に待ち受けるのは権力の崩壊であるというのが歴史の教訓だからだ。

北朝鮮の住民はとっくに、権力がカネを生む不公平な社会構造に気付き、不満を募らせている。金正恩氏に新年辞で述べたような殊勝な反省の意があるなら、まずは政治と経済を分離させることから始めるよう助言したい。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記