金正恩体制はなぜ、女子大生を拷問したのか

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北朝鮮の人権侵害によって、23歳の女子大生が自らの命を絶つという悲劇が起きた。なぜ、彼女は自らの人生に終止符を打たねばならなかったのか。

米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)によると、北朝鮮の秘密警察・国家安全保衛部(秘密警察)と韓流ドラマを取り締まる組織「109常務」は大々的な取り締まり作戦を行い、現地には殺伐とした空気が流れているという。1月には、女子高生も海外映画を見た罪に問われていた。

公開処刑も

そして5月、109常務は、清津(チョンジン)市浦港(ポハン)区域南江洞(ナムガンドン)で一人暮らしをしていた23歳の女子大生の家を急襲、家宅捜索を行った。

運悪く、彼女の家からは韓国映画が保存されたメモリーカードが発見されたことにより悲劇が起こる。女性大生は、保衛部に連行され、激しい拷問を加えられた。そして、 10年の懲役刑が避けられないことを悟った彼女は、いとこの美容室から持ちだしたパーマ液を飲んで、服毒自殺を図った。現地情報筋は、彼女の安否を伝えていないが、おそらく死亡したものと思われる。

北朝鮮で、このような例は枚挙にいとまがない。

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さらにこれらの出来事の後、金正恩党委員長は109常務の強化版と見られる「620常務」を新たに組織し、より徹底した取り締まりを行わせているもようだ。ちなみに、こうした組織に付けられる数字は「6月20日」などの日付を意味する。その多くは、正恩氏の指示が下された日付だ。また「常務」とは、「タスクフォース」といったような意味である。

かつて北朝鮮の政治犯収容所に警備隊員として勤務し、脱北後に人権活動家となり、その凄惨な実態を告発している安明哲氏によれば、金正恩体制が最も多く公開処刑にしているのが、違法薬物の密売人と韓流ドラマなど「不法映像物」の販売や所持で摘発された人々だという。

権威失墜

それにしても、北朝鮮はなぜこれほどまでに、海外エンタテインメントを忌み嫌うのか。

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まず考えられるのは、北朝鮮の庶民が海外情報と接することで、「心の自由」を広げるのを恐れているということだ。上述したとおり、北朝鮮当局の取り締まりは厳格だが、それでも海外の作品を隠れて見る風潮は消えていない。その中で北朝鮮の庶民は、厳しい環境をしたたかに生き抜いてきた人々ならではのブラック・ユーモアに磨きをかけており、金正恩氏の権威は紙のように薄いものになりつつある。

あるいは、正恩氏個人に関わる「わいせつ動画」が出回っているとの噂もあり、そうしたものが国民の目に触れないようにしているとも考えられる。

いずれにせよ、もうこうなってしまっては、いくら正恩氏の「偉大性」をでっち上げようがムダというものだ。独裁者の権威なくして、独裁国家が成り立つはずもないからだ。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記