北朝鮮北東部が台風10号(ライオンロック)によって甚大な被害を受けてから2ヶ月半が過ぎた。現地では、金正恩党委員長の掛け声のもと、被災地では大々的に復旧作業が行われているが、相変わらず労災死亡事故が相次いでいる。
咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部情報筋によると、会寧(フェリョン)市五鳳里(オボンリ)の住宅建設工事現場で、ショベルカーが大きな水たまりを埋める作業をしている最中、いきなりそばの壁が崩れた。兵士8人が下敷きになり、うち4人が死亡、4人が重傷を負った。
500人死亡の地獄絵図
極端な官僚主義が蔓延る北朝鮮では、目に見える成果ばかりを追求することから、これまでも数々の労災事故が起きた。過去には、橋梁の建設現場で500人が一度に死亡する地獄絵図のような大惨事が起きたことがあったが、当局は事故の存在を隠蔽し詳細は一切明らかにされていない。
こうしたなか、北朝鮮の朝鮮労働党の機関紙である労働新聞は21日、復旧住宅が完成し入舎式が行われたと報道。式典には党の最高幹部たちが参加した。以下がその顔ぶれだ。
崔龍海(チェ・リョンヘ)、金己南(キム・ギナム)、崔泰福(チェ・テボク)、リ・スヨン、金平海(キム・ピョンヘ)、李萬建(リ・マンゴン)、呉秀英(オ・スヨン)、郭範基(クァク・ポムギ)、金英哲(キム・ヨンチョル)=敬称略
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面平壌で行われる党の重要会議以外で、これほどの面々が集まることは極めて珍しい。「建国以来の災害」とアナウンスしているだけあって、権力中枢も被害を深刻に捉えているのだろうが、それでも肝心の人物がいないことに気づくだろう。金正恩党委員長だ。
トイレにストレス
この間、金正恩氏は一度も被災地を訪問していない。それどころか台風が襲った直後の9月9日に第5次核実験を強行した。甚大な被害を受けた被災地の状況を顧みない正恩氏の行動に対しては、被災地からも不満の声が漏れ伝わってくる。また、平壌から北朝鮮北東部に移動するとなると長時間に及ぶ。厳しい警備態勢の移動となり、ただでさえトイレ事情などでストレスを抱える正恩氏の精神的負担は増すだろう。
それでも金正恩氏は、近場の工場などの現地指導は行っている。さらに、11月に入ってからは5回も軍部隊を視察した。南北軍事境界線に近接する北朝鮮軍の防御隊を視察した際は、意気揚々とゴムボートに乗り込むアクティブな一面も見せた。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面正恩氏は、単に目立ちたがってわけではないだろう。正恩氏がゴムボートで渡った島は韓国軍の射程内だ。また、面積も小さく身を隠すの難しい。仮に韓国軍が正恩氏の行動を捕捉していれば格好のターゲットとなり、決して安全とはいえない。
あえて危険な行動を取った背景には、崔順実ゲートで朴槿恵(パク・クネ)大統領の求心力が弱まる中、韓国側の軍事行動は不可能だという判断に基づくものではないか。また、こうした行動によって、今後何年にもわたり「正恩は怖くて最前線に近づけない」と言われないようになる。
では、それなりに大胆な行動を取った金正恩氏が被災地に出向かない理由はなんだろうか。やはり被災民が自分と体制についてどう思っているか、不安だからだろう。また、こうした国民の不満に乗じ、韓国や米国がテロ工作をしかけるかもしれないと疑心暗鬼に陥っているのではないか。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面北朝鮮国営メディアは、住宅建設も含めて被災民に対して配慮を見せている。その一方で、大々的に入舎式が行われた復旧住宅は、いつもながらの「速度戦」という突貫工事で建てられたため、トイレなどで様々な問題が起こる事が予想されている。現地でも決して大歓迎というわけではないのだ。
金正恩氏は米韓の圧力よりも、国民の見えない反発を敏感に感じ取り、そして恐れているのかもしれない。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。