世界的に孤立していると思われがちな北朝鮮だが、現在162か国(国連加盟国数は193か国)と外交関係を結んでいる。全ての国ではないにしろ、外交官や外貨を稼ぐビジネスマンなど、海外駐在員たちが世界各国に存在する。
北朝鮮の海外駐在員たちは、やはり超エリートだ。先日、脱北した北朝鮮レストランの美貌のウェイトレスたちもそうだが、外国で海外情報に触れ、脱北の恐れがあるだけに、能力や実力だけでなく、「成分」と呼ばれる身分や血筋などが重要視される。
そんな海外駐在員の一部で、次のような警告がささやかれているという。
「今、帰国するのは危険だ。絶対に帰国してはならない!」
匿名を要求した対北朝鮮情報筋が、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)に明かしたエピソードだ。なぜ彼らは帰国を忌避しているのだろうか。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面36年ぶりの朝鮮労働党第7回党大会を控えるなか、北朝鮮国内では住民統制が強化されている。国際環境が厳しいだけに、海外駐在員たちが帰国すれば当局に呼び出され、厳しい査問を受けるおそれがある。もし、そこで対応を誤れば粛清、いや最悪の場合、処刑がまっている。北朝鮮の残虐きわまりない処刑の恐ろしさを最も知っているのは、北朝鮮の人々だ。
駐在員たちが、帰国を忌避しはじめたきっかけは、2013年12月に起きた「張成沢処刑事件」だ。金正恩第1書記の叔父だったにもかかわらず無慈悲に粛清・処刑された張成沢氏は、中朝に強いパイプをもち、海外駐在たちにも多大な影響力を持っていた。それだけに、「自分たちにも粛清の影響が及ぶのでは?」という不安心理を海外駐在員たちに植え付けた。
さらに、北朝鮮史上、希に見る粛清劇の余波はいまだに続いているのだ。昨年の5月、そして今年1月には朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の最高幹部たちが、相次いで粛清された。海外駐在員たちが「下手に帰国すれば命が危うい」と戦々恐々するのは、当然のことといえる。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面だからと言って、彼らが外国にいれば安泰というわけでもない。北朝鮮本国は、大使館、領事館の施設維持費すら保障しない。それどころか、忠誠資金(上納金)の要求ばかりを突きつけるため、外交官たちは、本来の業務そっちのけで外貨稼ぎビジネスに没頭せざるを得ない。
その外貨稼ぎすら、今後は制裁の余波で厳しくなることは必至だ。南米に派遣されている外交官たちはパナマ、キューバ、ブラジルを往来しながら、「葉巻タバコ」のビジネスを行っている。しかし、制裁により、各国の締め付けも厳しくなった。利益を本国に送金することも困難だ。
北朝鮮の海外駐在員たちは、時には違法ビジネスに手を染めながら、良くも悪くも世界の中で生き残るため、本国を支え続けてきた。なかには使命感を持って北朝鮮のために尽くしてきた人物もいるはずだ。しかし、金正恩氏は核とミサイルの暴走で、彼らの努力を踏みにじり、あまつさえ彼らの存在すら脅かそうとしている。超エリート層にもかかわらず「帰国したくない」と本国に嫌気がさすのは、さもありなんというところだろう。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。