新聞記者の「かまとと」が拉致問題の解決を遅らせる

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知っているのに知らないふりをすることを「かまとと」という。うぶに振舞う女性に対して使われることの多い言葉だが、最近では日本人拉致問題の記事を書く記者たちに、最も当てはまっているように思える。

北朝鮮は12日、日本が対北独自制裁を決めたことに反発し、拉致被害者などに関する包括的な調査を全面的に中止すると宣言。これを受け、主要各紙は社説で怒りの声を上げたが、私が目を通したものは一様に、ピントがズレていると言わざるを得ないものだった。

たとえば、朝日新聞の社説はこのように書いている。

「日本政府は、将来的な国交正常化と経済支援など、独自に持つカードをうまく使いながら、二国間協議の再開を今後も粘り強く探るべきだ」

これを書いた記者は本気で、日本が金正恩体制の北朝鮮と国交正常化したり、大規模な経済支援を行ったり出来ると思っているのだろうか。

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北朝鮮に清算させるべき問題は、核・ミサイル開発と日本人拉致だけではない。それらと同じくらい、人権問題の重要度が増してきている。そして、北朝鮮の国家的な人権侵害を国連で告発し、国際的なイシューとしてきたのは他ならぬ日本政府だ。

そして、そうした経緯を知りつつ厳しく認識すべきなのは、金正恩氏が核やミサイルを放棄することはあり得ても、人権問題を進んで清算するなど考えられないという現実だ。

たとえば誰かが、正恩氏に「核もミサイルも放棄しろ。そうすれば100兆ドル払うから」と約束したとしよう。それが信じるに足ると正恩氏が判断すれば、そこで交渉はまとまるはずだ。それだけのカネがあれば、指導者の資質がどうあれ豊かな国作りができるし、核兵器抜きで強力な軍事力を備えられるのだから。

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もっとも100兆ドルでは、世界のGDPの合計を上回ってしまう。そんなカネは誰も払えない。では、1兆ドル(約112兆円)ではどうか? やはり、北朝鮮にみすみすくれてやる物好きはいまい。大きく下げて10億ドル(1120億円)なら、「払ってやってもいい」という国はありそうだ。しかしその額では、北朝鮮が要求を飲むまい。では100億ドルなら? もしくは20年分割で1000億ドルなら……。

そうやって妥協点を探って行けば、いずれどこかで折り合いがつく。しかし、人権問題はそうはいかない。仮に金正恩氏が政治犯収容所の閉鎖を決断しても、虐待の末に膨大な人命を奪った罪は決して消えないからだ。

そして日本も、民主国家として、そんな国と率先して国交を結ぶわけにはいかない。国連で北朝鮮の人権侵害を自ら告発してきただけに、なおさらである。

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これくらいのことは、バカでない限り誰にでもわかる。もちろん金正恩氏だってわかっているはずで、彼が期待しない以上、「国交正常化」が日本側の交渉のカードになるはずがないのだ。

高学歴のエリートである日本の新聞記者たちに、これしきのことが理解できないはずはない。理解しているくせに、「国交正常化などムリ」とは書かない。だから「かまとと」だというのだ。

重大なのは、エリート記者の「かまとと」は非常に罪深いということだ。

彼らが国交正常化を前提とした交渉を「粘り強く続けろ」などと書くから、日本政府はそれに乗って、拉致問題解決のために「努力をしているふり」を続ける。それでたまに政権の支持率が上がることはあっても、拉致問題解決の日はいっこうに近付いて来ない。拉致被害者の家族たちだけが「生殺し」になる構図だ。

だからといって、私は北朝鮮との交渉を止めてしまえと言いたいわけではない。軍事的な解決はムリなのだから、やはり話し合いは必要だ。

それに、生存しているかも知れない拉致被害者の命には限りがある。北朝鮮の体制が変化するのを、気長に待ってなどいられない。

こうして現実的な検討を重ねて行けば、何が出来なくて何が出来そうか、自ずと分かる。結論を言うなら、北朝鮮と水面下で「裏取引」をするしかないのだ。

エリート記者たちは、これを言って「悪者」になりたくないのだろう。だったらせめて、「かまとと記事」を書くよりも、何も書かないことを選択すべきではないのか。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

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