北朝鮮において、金正恩総書記や金氏一家は神聖不可侵の存在だ。
経済政策、食糧政策など失政が続き、国民生活をどん底に叩き落した彼だが、誰一人として批判することは許されない。「神聖にして犯すべからず」の存在だからだ。彼の前では、ちょっとしたミスも許されない。
金正恩氏は昨年9月、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の特殊作戦武力訓練基地の視察を行ったが、そのときの行動に問題があったとして、20人の将兵が逮捕された。そして、一部の家族も忽然と姿を消した。平壌のデイリーNK内部情報筋が伝えた。
(参考記事:金正恩氏の「高級ベンツ」を追い越した北朝鮮軍人の悲惨な末路)逮捕された20人は、訓練中に金正恩氏の方を「チラリと見た」というのだが、銃を扱う状況において一瞬でも目をそらすことは危険な行為ではある。
20人は軍の保衛局(秘密警察)に身柄を移され、4カ月間の予審(起訴前の証拠固め)を終え、労働連隊(衛戍刑務所)送りとなった。保衛局は、20人が刑期を終えて出所しても、実家に戻ることを許さず、永久に隔離区域に住まわせることにした。つまり、島流しだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面逮捕された兵士の親たちは今年1月末、保衛局から書類を受け取った。死亡通知書だった。兵役中に事故や病気で死亡する者が多いせいか、ほとんどの親たちは冷静に受け止めた。一方、納得がいかないとして、コネを使って軍のあちらこちらに息子のことを調べる親もいた。
(参考記事:北朝鮮の母、当局に涙の訴え…「息子の遺体を返して!」)黄海北道(ファンヘブクト)沙里院(サリウォン)在住のAさん夫婦は、結婚後にかなり経ってようやく授かり、大切に育てた一人息子が、紙切れ一枚で死亡処理されたことに憤慨し、「全財産を投げ売ってでも、息子の最期がどうだったのか知りたい」と、平壌を訪れ、コネを頼ってあちこち尋ね歩いた。そして、事件の真相を知った。
沙里院に戻ったAさん夫婦は、事件の概要を隣人に話して泣きわめいた。噂はあっという間に沙里院市内全域に広がった。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面それからしばらく経った先月15日のことだった。Aさん夫婦は軍から呼び出しを受けて平壌へと旅立ったのだが、いつまで経っても帰らなかった。19日には、沙里院市人民委員会(市役所)の住宅配定部の担当者がやってきて、家にあった夫婦の家財道具をすべて片付け、家を他の人に貸し与えた。
(参考記事:「泣き叫ぶ妻子に村中が…」北朝鮮で最も”残酷な夜”)
一部始終を目の当たりにした隣人たちは恐れおののいた。行き先は不明だが、どこかに追放されたということだからだ。
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「元帥様(金正恩氏)はこのことをご存知なのか」
「国のために戦って死んだわけでもなく、射撃訓練中によそ見をしただけで、家族まで抹殺されるのは果たして正しいことなのか」
このような連行は通常、近隣住民を動揺させないように夜中に行われる。住民は、夜明け後にもぬけの殻になった家を見て、何が起きたのを察するものだったが、昨今では昼間に連行する事件も起きている。Aさん夫婦の事例も、片付けを夜中に行ったり、ほとぼりが冷めてから行ったりなどの、住民感情に配慮した対応は行われなかった。
この事件は、軍内部でもかなりの波紋を呼んでいる。
軍の幹部は「金正恩氏と直接関連する事件は一切の弁明が許されず、無条件で厳罰に処されるので、今後は他の部隊でも1号関連の規律が強化されるだろう」と述べた。
また、なにかやらかすと「死亡通知書1枚で闇に葬り去られる」との恐怖が広がっている。