「社会主義計画経済」という建前を頑なに守りつつも、実際のところは民間人はもちろん国の機関までもがこぞって様々なビジネスに乗り出しているのが、今の北朝鮮の経済のあり方だ。
かつて、経済活動のほぼ100%が国の機関や国営企業によって行われていたが、今では民間企業に取って代わられた。
米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)の情報筋が伝えてきたのは、金正恩党委員長の恐怖政治を支える保衛部(秘密警察)が、本格的にビジネスに参入し始めているという話だ。
保衛部の従来のビジネスと言えば、系列の貿易会社を通じた外貨稼ぎ以外では、携帯電話のユーザーを逮捕して「収容所送りにするぞ」と脅迫し、多額のワイロをむしり取ったり、使用を黙認する代わりに、多額の「使用料」を払わせたりする「恐喝」に近いものだった。
しかしそれは、個々の保衛員の「シノギ」に過ぎず、組織として大きな収益を得ることはできない。朝鮮人民軍(北朝鮮軍)ですら本格的なビジネスを行っている時代に、保衛部だからと「武士は食わねど高楊枝」でいるわけにはいかないのだろう。
(参考記事:女性兵士の「性上納」とカネ儲け…北朝鮮軍の「ポンコツ」な実態)人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面
そこで彼らが乗り出したのが、大規模駐車場の経営である。
その現場は、首都・平壌から50キロ離れた平安南道(ピョンアンナムド)の順川(スンチョン)だ。
現地の情報筋によると、市の保衛部は高速道路に向かう道の途中にある国営農場の土地を何らかの方法で借り受けて、従業員を雇い入れ、大規模な駐車場を営んでいる。保衛部が駐車場ビジネスに乗り出したのには、この地域ならではの背景がある。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面順川やその周辺は大規模な炭鉱地帯であり、国連安全保障理事会の制裁措置で禁じられるまで、産出された石炭は中国に輸出されていた。また、豊富な石炭を利用した軽工業、ビニールハウス農業などが発達しており、かなりリッチな都市として知られている。
順川と、平壌に隣接する平城(ピョンソン)では、トンジュ(金主、新興富裕層)所有のトラックやタクシーが急増し、駐車場、ガソリンスタンド、洗車場など自動車関連ビジネスが人気業種となっている。それを見た保衛部が、駐車場ビジネスに乗り出したというわけだ。中でも駐車場は初期投資が比較的に少なくて済み、儲けやすいとあって、進出しやすい。
トンジュはビジネスで得た収益の3割以上を国に納めさせられ、それ以外にも「忠誠の資金」などの名前の上納金を国に納めることを強いられている。一方で保衛部はそんな必要もなく、収益の全額を手中に収めることができる。トンジュが駐車場ビジネスに乗り出したとしても、保衛部との間で非常に不利な競争を強いられるわけだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面トンジュは、美貌の女性を従業員として雇うなど、様々な手法でビジネスを拡大させる努力を重ねてきたのに、一気に保衛部にお株を奪われかねない状況に追い込まれてしまったのだ。
ちなみに、地域の主力産業だった石炭は、国際社会の制裁で輸出ができなくなっている。そのため現状では、保衛部が運営する駐車場を利用する車両もさほど多くはない。しかし今後、米国との対話が上手く行き制裁が解除されれば、石炭を満載した数百台のトラックが利用するだろうと見込んで、あらかじめビジネスを始めたようだ。
そんな状況を見た現地の別の情報筋が、次のように嘆いている。
「社会主義と体制を守る最後の砦と言える保衛部までが市場経済に乗っかり、トンジュと競争する時代になった。こんな状況なのに(朝鮮労働党機関紙)労働新聞は社会主義経済を推し進めよと主張している。情けない」