北朝鮮で「捨て子」が社会問題化しつつある。望まぬ妊娠により子どもを産んだ未婚の女性が、密かに子どもを捨ててしまうのだ。その根底には、社会や女性の生活のありようの変化に全く対応できていない北朝鮮当局の無能ぶりと、女性を苦しめる旧態依然とした社会的観念がある。
平安南道(ピョンアンナムド)のデイリーNK内部情報筋は、近所で見つかった捨て子について、次のように詳しく語った。
昨年末に某市内の百貨店前の交差点周辺で、明け方から赤ん坊の泣く声が響き渡った。マンションの住民が様子を見に行ったところ、生まれたばかりの赤ん坊がおんぶ紐に包まれて置き去りにされているのを発見した。きちんとした身なりだったため、母親は、そこそこの現金収入を得ている女性であるようだ。
地域の人民班長(町内会長)が洞事務所(末端の行政機関)まで抱えていったが、そこでも解決方法が見つからなかったため、地域に住む子どものいない女性に半ば強制的に養子に出した。
子どもを欲しがっていた女性は、市場で買った中国製の粉ミルクを飲ませてたっぷり愛情を注いでいた。しかし、この女性は毎日リアカーを引いて市場に行き、トウモロコシを売ってその日暮らしをするような極貧状態だった。結局、粉ミルクが買えなくなったのだろうか、半年後に赤ん坊を栄養失調で死なせてしまったという。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面北朝鮮当局は、国内最大の産婦人科医院である平壌産院を引き合いに出して、出産と育児を含む医療は無料だと宣伝している。しかし、無償医療システムは1990年代後半の大飢饉「苦難の行軍」のころに崩壊してしまい、国営の人民病院を利用するには多額のワイロが必要となった。また、医薬品も市場で購入して持参しなければならない。子供の教育にも多額の費用がかかることは言うまでもない。
(参考記事:「麻酔なしの手術」に「中絶手術で懲役」…混迷深める北朝鮮の医療)当局は、崩壊した福祉を復旧させないまま、女性たちに出産を強いて、苦しめている。
当局は1993年11月、人口減少を懸念して中絶手術を禁止した。その後、1998年からは「一家で3人以上は産め」という極端な出産奨励策を展開した。中絶を行うには、多額の費用を払って医者や医大生にヤミで手術してもらうしか方法がない。市場経済化で女性たちは毎日仕事に追われるようになったのに、子どもを預ける公的機関がないのだ。そのため、当局がいくら出産を奨励しても、北朝鮮の女性たちは子どもを産もうとしない。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面また、北朝鮮では基本的な性教育すら行われておらず、中国からコンドームを持ち込もうとすると「風紀びん乱物品」と見なされ税関で止められてしまう。持ち込みに成功しても、販売しているのが露見すると重い処罰を受ける有様だ。望まぬ妊娠と、捨て子が増えないわけがない。
平安北道(ピョンアンブクト)に住む40代女性は、夫以外の男性と性的関係を持って子どもを産み、夫と離婚して再婚しようとした。しかし、うまく行かなかったため1人で子どもを育てることになった。北朝鮮には養育費という法的概念が存在しないため、夫の側の問題が原因で離婚したとしても、妻は経済的な支援を受けられない。
北朝鮮女性の苦しみの根底にあるのは、当局の立ち遅れた育児政策に加え、未婚女性が妊娠、出産することに対して否定的に見る社会の認識だ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面未婚女性が妊娠すると、「ふしだらな女」という視線で見られてしまうのだ。望まない妊娠により生まれた子どもを孤児院に預けるためにも、役所で登録しなければならないが、そうなると外部に情報が漏れ、噂が広がってしまう。
北朝鮮には3歳未満の乳児を対象とした育児院、4歳以上を対象とした愛育院という孤児院があるが、栄養状態や管理が劣悪で、餓死する子どもも後を絶たないという。
そこで、コネをたどって子どもがいない夫婦に里子に出すこともあるが、それがままならない場合には、密かに子どもを捨ててしまうのだ。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。