韓国で開かれた平昌(ピョンチャン)冬季五輪に派遣された北朝鮮の「美女応援団」が、本国で理不尽な責め苦に遭っている。五輪中は様々な話題を振りまき、南北融和ムードを高めた功労者のはずだが、北朝鮮当局にとっては警戒すべき女性たちなのだ。
北朝鮮が、海外に派遣する人に秘密警察・国家保衛省の要員を監視役として付けるのは公然の秘密だ。たとえばロシアや中東などに派遣されてきた労働者にも保衛員(秘密警察)の監視が付いており、劣悪な環境に耐えかね脱走する労働者に対して凄惨な私刑を加えたりもする。
女子大生を拷問
美女応援団も例外ではない。選び抜かれて派遣された女性たちだが、韓国滞在中に不用意な言動をすることを防ぐため、必ず保衛員の監視が付く。彼女たちが脱北、つまり亡命する可能性もゼロとは言えない。
徹底した監視のためか、五輪期間中は大きなトラブルは起きなかった。それでも、北朝鮮当局が容易に彼女たちを信用することはない。韓国紙・東亜日報は、世界北朝鮮研究センターの安燦一(アン・チャンイル)所長のコメントを引用し、美女応援団がホテルに缶詰にされ、「水抜き」をされていると報じた。
安氏によると、「水抜き」とは韓国滞在中に接した社会の雰囲気と文化を洗い流す思想教育だという。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面「水抜き」では、平壌市内の普通江(ポトンガン)ホテルや羊角島(ヤンガクド)ホテルなどで3~4日間かけて、「わが国(北朝鮮)も韓国に劣ってはいない」ということが教え込まれる。同時に、団員同士で互いの行動を批判し合う「総和作業」も行われるという。
応援団員らは「水抜き」を通じて、韓国で見聞きしたことを口外してはならないと言われているはずだ。なぜなら、金正恩党委員長は韓流の流入を非常に恐れているからだ。
北朝鮮で韓流が密かに広まりはじめたのは、2000年頃からのことだ。CDやDVD、ハードディスク、SDカードなどの記録メディアの発展、さらにはノートテルというポータブル再生機の普及を受けて、韓流をはじめとする海外コンテンツは拡散した。こうした状況に、北朝鮮当局は極めてナーバスになっている。韓流取り締まりを担当するタスクフォース「109常務」を組織し、時には韓流の動画ファイルを保有していたという容疑だけで、女子大生を拷問し悲惨な末路に追い込むほどだ。
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韓流が拡散する背景には、北朝鮮の庶民たちが公営メディアが流すプロパガンダ文化に辟易していることがある。プロパガンダどころか、金正恩氏が激怒する場面の動画がテレビで流れることもある。とても、庶民が楽しめるようなコンテンツではない。
最近では、韓流コンテンツを見て韓国文化に憧れ、それが動機となって脱北する若い女性も少なくない。2015年に脱北して韓国に定着した北朝鮮出身の女性は筆者に、「北朝鮮で冬のソナタをこっそり見た。あんなロマンティックな恋愛をしてみたいと思ったのが北朝鮮を離れた最大の動機です」と語った。
韓流や海外文化によって体制への忠誠心が骨抜きにされる──金正恩氏はそんな危機感を抱いているのだろう。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。