韓国紙・中央日報は12日、北朝鮮の内部事情に詳しい消息筋の話として、黄炳瑞(ファン・ビョンソ)朝鮮人民軍総政治局長が朝鮮労働党からの「出党」(追放)処分を受け、金元弘(キム・ウォノン)元国家保衛相が政治犯収容所に収監されたと報じた。これほどの大物2人が本当に粛清されたとすれば、そこに連座させられる人数はハンパな数ではなかろう。1980年代に2万人以上が粛清されたとされる「深化組事件」の再現すら懸念される。
(関連記事:血の粛清「深化組事件」の真実を語る)北朝鮮では何故、こうしたことが繰り返されるのだろうか。それが不思議に思えるのは、頭の中に次のようなステロタイプがあるからかもしれない。
「北朝鮮の人々は洗脳されていて、権力に完全に服従している」
しかし、現実は違う。北朝鮮当局はむしろ、いつ暴発するかわからない国民の不満を抑えつけることに必死になっている。実際、北朝鮮では1948年の建国以来、一度ならず民衆の抵抗が起きてきた。
金正日政権は2010年8月、暴動鎮圧などを任務とする「機動打撃隊」を設置した。これはその前年の貨幣改革(デノミ)で財産を失った人々が、各地で抗議行動に出たことを受けたものだとされる。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面このように、北朝鮮当局と国民の間には緊張関係が存在するが、それにもかかわらず、北朝鮮の人が従順だというステロタイプが払拭されないのは、国内情報が海外になかなか伝わらないことが一因と言えよう。
韓国の英字紙、コリア・タイムズは昨年、過去に北朝鮮で起きたとされる暴動の情報をまとめている。
◯海州暴動
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面1976年、黄海南道(ファンヘナムド)の海州(ヘジュ)で、金日成体制の強圧的な統治に反発した人々が大規模な暴動を起こした。その知らせを聞いて激怒した金日成主席は、特殊部隊4個旅団を派遣。暴動に参加していない人も含め、当時の海州の人口の1割以上にあたる3万人を虐殺した。さらには、近隣の開城(ケソン)市民が暴動を扇動したとして、多くが収容所送りにされた。
◯穏城政治犯収容所暴動
1987年5月、咸鏡北道(ハムギョンブクト)の穏城(オンソン)政治犯収容所で、ある収監者が幹部に暴力を振るわれたが、それに怒って反撃した。多くの収監者が同調して幹部を撲殺。続いて5000人が暴動を起こした。当局に動員された軍は、機関銃で無差別射撃を加え多数を虐殺した。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面もっとも、これらは事実と確認された情報ではない。仮に事実ならば、当局の横暴に抗議した労働者数百人が殺された1998年の「黄海製鉄所の虐殺」を上回る大事件である。
黄海製鉄所の大量虐殺が明るみに出たのは、実際に事件を見聞きした人が脱北して証言したからだ。一方、海州と穏城で暴動が起きたとされる時代には、脱北者が極めて少なく、具体的な証言が得られていないのだ。
また、以下の2件の暴動についても、詳しい証言は得られていない。
韓国紙・東亜日報は1982年5月20日、日本の在日韓国系メディアである統一日報の記事を引用し、同年4月下旬に咸鏡北道と両江道(リャンガンド)で、金正日体制に反対する社会主義労働青年同盟のメンバーや労働者が金日成氏の銅像を引き倒して引きずり回すなど、1週間以上に渡り暴動を起こしたと報じた。情報のソースは、平壌を訪問した北朝鮮関係者――つまりは朝鮮総連関係者となっている。
また、内外通信(現聯合ニュース)は1983年12月8日、北朝鮮の東海岸にある元山(ウォンサン)で大規模な暴動が起こり、倉庫2棟が燃やされたが、軍により鎮圧されたと伝えた。これは、元山港を入港する船に乗っていた日本の船員が、現地の労働者から聞いた話を総合したものとされているが、続報が出た形跡はない。
これらは本当に起きたことかもしれないし、あるいは韓国当局による「作り話」である可能性もある。当時は北朝鮮と韓国の双方が、相手に国際的な非難を向けさせるべく、このような情報戦を繰り返していたからだ。
ただ、前述した黄海製鉄所の事件の例などを踏まえれば、事実である可能性をまったく排除するわけにもいかない。さらに最近では、北朝鮮国内から体制に反発する声が少なからず漏れ伝わってもいる。
いずれにしても、北朝鮮の人々が体制についてどのように考え、行動してきたかを具体的に知るには、あの国の社会がさらに大きく変わるのを待つしかないだろう。しかし我々としては、北朝鮮の人々は決して体制の操り人形ではないということを知った上で、あの国との付き合い方を考えていく必要があるだろう。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。