北朝鮮政府は、大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星15」型の発射に成功したと発表した。これを受けて北朝鮮の各メディアは、市民の喜びの声を伝えている。朝鮮中央テレビは、朝鮮労働党創立記念塔の周りに輪を作って踊る市民のインタビューを放送した。その内容は次のような具合だ。
「百戦百勝の朝鮮労働党が続くよう、わが朝鮮が不敗の核武力を全世界に轟かせるであろうと信じる心で胸がいっぱいです」(カノジョと踊っていたソ・チュンヒョクさん)
「ニュースを聞いて嬉しくて眠れませんでした。家族で夜通し話の花を咲かせました。わが祖国は強大だというプライドにあふれ、喜びを禁じえません。それを表すために、踊りに来ました」(女友だちと踊っていたキム・ヘソンさん)
たぶん、彼らがダンスを楽しんでいることには違いないだろうが、ミサイル発射を喜ぶ声はあくまでも建前だ。
デイリーNKジャパンが何度も指摘しているように、北朝鮮の幹部も庶民もホンネでは、ミサイル実験や核実験に対しては無関心、あるいは面倒くさいといったネガティブな気持ちで受け止めている。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面そのホンネを、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)の各情報筋が伝えている。
両江道(リャンガンド)の情報筋によると、北朝鮮当局は11月28日夜から29日明け方まで、朝鮮労働党政治局批准幹部である各道の党委員長、人民委員長(知事)、保衛局長(秘密警察)に待機を命令した。また、何やら重大なことが起きると予想した中央党秘書室の幹部、中央党幹部部(人事部)の批准幹部もオフィスで待機し、緊張した面持ちで知らせを待ち続けた。
午前6時30分になって、ようやく道の人民委員長が現れ、「火星15」型の発射成功を知らせた。しかし、それを聞いても喜びを表す者は誰もおらず、微妙な表情を浮かべていたと情報筋は証言した。口に出すことははばかられるが、「どうでもいい」「興味ない」というのが本音なのだろう。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面慈江道(チャガンド)の情報筋によると、29日の午前10時(平壌時間)に「重大放送があるので集まってラジオを聞くように」との指示が各機関の初級党秘書に伝えられた。「どうせミサイル実験だろう」と思っていたというこの情報筋は、放送を聞いて「へえ」としか思わなかったという。彼の周囲の人々の反応も概ね同じだったようだ。
情報筋は人々の反応が薄かった理由について、発射場面の映像が流されずアナウンサーの発表だけだったからかもしれないとしつつも、他の幹部からは「ただでさえ中国の制裁で非常に苦しいと言うのに、国際社会の制裁がいよいよ最高レベルに達するのではないか」と心配する声が聞かれ、喜んでいる人はいないかったと伝えた。
一方、一般庶民は、やれ新型だ、やれ米本土全域を打撃だと言われたところで、金正日総書記の時代から耳にタコができるほど聞かされていることなので、喜んだり感動したりするはずもなく、ただミサイル発射成功を祝う行事に動員されるのを面倒くさがっていたという。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面北朝鮮は核・ミサイル実験のたびに、各地方で祝賀集会を開催している。また最近は、トランプ米大統領の国連演説に反発して朝鮮人民軍(北朝鮮軍)への入隊・復帰を志願する集会、緊急講演会、学習会、生活総和(総括)など、イベントが目白押しだった。いずれも、招集がかかれば「行かない」という選択肢はない。仮にそんなことをしたら政治犯とみなされ、悲惨な末路を辿りかねない。
ただ、こうした行事に片っ端から動員されていたら、市場で商売をする時間が減り、収入が途絶えてしまう。かつてに比べ食糧事情が改善した北朝鮮だが、同時になし崩し的な資本主義化によって貧富の格差が拡大しており、貧困層に転落したら明日の糧も得られないほどに困窮してしまう。
(参考記事:コンドーム着用はゼロ…「売春」と「薬物」で破滅する北朝鮮の女性たち)それだけに留まらない。当局は、様々な国家的な動きにかこつけて、「誠金」(寄付)の名のもとに庶民から小銭を巻き上げる。庶民にとっては核実験もミサイル実験も、一銭の得にもならないばかりか、むしろ損をするだけのものだ。
もしかしたらテレビカメラの前の平壌市民は、こうしたホンネを言えない鬱憤をダンスにぶつけているのではないだろうか。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。