米紙ワシントン・ポストが今月17日付に、脱北者のインタビュー特集を掲載している。東京支局のアンナ・ファイフィールド支局長が6カ月をかけ、韓国とタイで取材した成果をまとめたものだ。
幼稚園児から学生、労働者、母親、医師、薬物ディーラーなど、様々な年齢と職業の男女25人から聞き取りを行った意欲的な内容で、北朝鮮国内の現状について再確認する上で参考になる。
とくに印象的なのは、金正恩党委員長が父・金正日総書記の後継者として登場した当時、人々がどのように思ったかという部分だ。2013年に脱北した学生はこう語っている。
「彼がわれわれの新たな指導者として紹介されたとき、私は大学の2年生だった。私は、てっきり冗談かと思った。最も親しい友人たちの間では、彼のことを『ゴミ』と呼んでいた。皆、そのように思っていたが、いちばん親しい友達や両親とだけ、それも彼らが自分と同じ考えの持ち主であると確信できるときだけ、そのような話をすることができた」
最近、北朝鮮国内から漏れ伝わる庶民の声は、この学生の発言と似た内容のものばかりだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面しかし、今回のインタビュー記事に表れた内容を見る限りでは、金正恩氏が登場した当初はむしろ、欧州留学の経験がある若い指導者の登場に、期待を寄せた人が多かったように見受けられる。
たとえば2014年に脱北した29歳の若い母親は、「彼の若さを見て、たぶん世の中が良くなるのではないかという希望を持った。彼が政権を取ったときに人民班(町内会)を通じていくらかの配給をもらったのだが、そこには肉や魚まで含まれていた」と語っている。
かつて、配給システムが機能していた時代の北朝鮮では、国家的な慶事に際してはこのような「贈り物」がよく配られた。しかし、配給システムが崩壊した今、国家は国民から収奪するだけの存在になっていて、それだけにほんの少しばかりの配給が行われても国民が有難がるようになっているわけだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面ということは、金正恩氏はほんの少しずつ「世直し」をしただけでも、国民から大きな支持を得られた可能性があったのである。
では、現実はどうか。金正恩氏が無謀な核兵器開発により、国の経済と庶民の暮らしを困窮に追いやろうとしているのは周知のとおりだ。そしてそれ以前に、金正恩氏は自らの失政で、数万人規模で国民を死に至らしめている。
(参考記事:金正恩センスの制服「ダサ過ぎ、人間の価値下げる」と北朝鮮の高校生)北朝鮮は、世界でも比類なき情報統制を敷いている全体主義国家だが、その環境下にあって、国民はほかのどの国にも増して指導者を辛らつに非難している。強権で抑えつけている分だけ、タガがはずれたときの不満の爆発力は、相当に大きなものになるかもしれない。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。