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北朝鮮の金正恩氏は90年代後半、スイスの首都ベルン近郊で留学生活を送っていた。彼の地での暮らしは4年とも8年とも言われているが、険しくも美しいアルプスの山々が、若かりし頃の彼の脳裏に深く刻まれたことは想像に難くない。

そのせいか、金正恩氏の「スイス愛」には特別なものがあるようだ。

夫人や指導者に贈る高級時計、ワイン、化粧品などはスイス製が多いと伝えられている。それだけに飽きたらなかったのか、金正恩氏はビッグプロジェクトをぶちあげた。それは「北朝鮮スイス化計画」と言うべきものだ。

韓国との軍事境界線にほど近い江原道(カンウォンド)の洗浦(セポ)台地。5万数千ヘクタールもの荒れ地を開墾、巨大な牧草地を作り、様々な家畜を飼育して、食肉にするというのだ。さらにそこに観光客まで呼ぼうという壮大な計画だ。

建設は2012年11月から始まった。労働新聞は2012年12月29日の記事で「大規模畜産基地建設のための闘争が力強く繰り広げられている洗浦台地からは、革新の便りが伝わってきた」「人民軍兵士、人民保安部イルクン、内務軍の兵士、省、中央機関、各道の突撃隊員たちが1ヶ月の間に数千ヘクタールの荒れ地を開墾した」と報じ、「洗浦は社会主義の武陵桃源(桃源郷)」だと激賛した。

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全国から動員された5万人に及ぶ人々は、手作業で岩を崩し、地をならし、わずか1年で9000ヘクタール、東京ドーム1915個分、伊豆大島の面積に匹敵する牧草地を作り上げた。

次に畜舎、畜産物加工工場、飼料となる作物を栽培する畑、労働者が住む住宅1000戸、さらには観光客向けのホテル、スキー場まで作る野心的な計画が打ち出されているが、建設は、遅々として進んでいない。

今年4月15日の太陽節(金日成氏の生誕記念日)に竣工式を行ったが、除草剤が効かない雑草が根を下ろしてしまっているという。

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現地で働く息子に会いに行った咸鏡北道(ハムギョンブクト)の情報筋が、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)に語ったところによると、家畜に与える飼料として、えん麦とトウモロコシを栽培しているという。

同時に栽培されているのは、金正恩氏が命名した「愛国草」なるものだ。詳細は不明ながら、金正恩氏の「洗浦の地域の特性に合った牧草を開発せよ」との指示に基づき、品種改良の末に誕生したこの「愛国草」。金正恩氏はとても気に入ったようで「全国的に栽培せよ」との指示を下した。

ところが、管理人員があまりにも少ないため、クローバーや「ジモ」という草が根を張ってしまい、そのせいで牧草用に植えた愛国草が育たず、現地の人々は頭を抱えているという。

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牧草に詳しい人なら首をかしげるだろう。なぜなら、クローバーは代表的な牧草だからだ。また、「ジモ」または「ジモシ」は、ティフトン419という米国での品種改良で生まれた芝生だ。つまり、牧草を抜いて別の牧草を植えるというコントのようなことを真剣に行っているのだ。

他の国なら早々にツッコミが入るところだが、北朝鮮ではそうはいかない。たとえ間違った指示であったとしても、最高指導者の方針に楯突けば、間違いなくクビが飛ぶからだ。

金正恩氏は、夢である「北朝鮮スイス化計画」が、自らの体制の機能不全により挫折しようとしていることに気付いているのだろうか。