金正恩氏が「最愛の妹」を必死で隠そうとする理由

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韓国の情報機関・国家情報院(以下、国情院)は10月19日、国会情報委員会の国政監査において、金正恩党委員長の妹・金与正(キム・ヨジョン)氏が体制内で権力をふるいながらも、その動静がしばらく途絶えていることから、病気治療中であったり妊娠したりした可能性がある、との分析を示した。

「大阪がルーツ」の兄妹

確かに、与正氏の動静を巡っては、労働新聞が6月29日付で最高人民会議13期4次会議に参加した際の写真を公開して以降、北朝鮮メディアで名前が言及されることもなくなっていた。それ以前には、正恩氏の現地指導に頻繁に同行している様子が報じられていたことを考えると、国情院が「異変」を感じたのも不思議ではなかった。

労働新聞の写真などを見ると、与正氏はいつも明るい笑顔を浮かべており、いかにも仲の良さそうな兄妹だ。また、その自然体の表情は、「話の通じる人物なのではないか」との期待を、一部の北朝鮮ウォッチャーに抱かせていたりもする。

とはいえ彼女が、北朝鮮において「普通の人」でないのは確かだ。昨年5月には、彼女の学生時代の友人らが、些細な言動のために「大量失踪」した事件もあった。

本人もそのことにショックを受けたとの情報もあるが、ともかく与正氏の周りで何らかの「異変」が起きるのは、「あり得ること」ではあるのだ。

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だが、上述の国情院の分析は結果的に、間違いであった可能性が高い。

朝鮮中央テレビは今月14日、正恩氏の9月と10月の活動の様子を収めた記録映画を放映した。その中の、職業総同盟第7回大会の参加者と正恩氏が記念写真を撮る場面に、与正氏が登場しているのだ。

そこで与正氏は、参加者代表から花束を手渡された正恩氏に近づき、その花束を受け取っている。その様子を見る限りでは、病気だったり妊娠していたりといった印象は受けない。

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不思議なのは、北朝鮮メディアがこの記念撮影の件を10月30日に報じた際、与正氏の名前がまったく言及されてないことだ。以前と比べれば異例である。

それにもしかすると、与正氏は6月末以降も正恩氏の現地指導などに同行していたのに、北朝鮮当局が敢えてその事実を隠していた可能性も浮上する。

気になるのは、その理由である。韓国の北朝鮮ウォッチャーの間には、兄妹の「若さ」を指摘する声がある。今、正恩氏は32歳、与正氏は29歳と言われる。正恩氏が自分だけでなく、側近として寄り添う妹の若さまでが目立つことで、国内外からどのような視線を向けられるかを気にしている、との指摘だ。

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確かに、そうかもしれない。しかし筆者は、正恩氏は与正氏を「敵」から守ろうとしているのではないか、と考える。

韓国や米国では今、与正氏に北朝鮮国内での人権侵害の責任を問い、制裁指定すべきかどうかが論じられている。その理由は主に、与正氏の役職のためだ。北朝鮮の内部情報筋によれば、与正氏は朝鮮労働党中央委員会・宣伝扇動部の副部長の地位にある。副部長と言えば、日本の中央省庁の審議官から事務次官級に相当する高級官僚だ。

また、宣伝扇動部は、国民の思想や情報の統制を司る部署だ。北朝鮮で外部の情報に触れた人々が、拷問や銃殺を含む厳しい処罰を受けているのは、周知のとおりである。

与正氏は、思想や情報統制ではなく行事の準備・進行を担当しているとも言われるが、正恩氏の妹で副部長ともなれば、「知らない」では通らない。

正恩氏はもしかしたら、与正氏の活動が外部に知られないようにすることで、制裁指定を難しくしようとしているのではないか。実際、米韓で与正氏に対する制裁指定の可能性が公に論じられ始めたのは、6月後半からのことなのだ。

いずれにしても、与正氏は正恩氏にとってかけがえのない存在であるはずだ。日本の大阪にルーツがある正恩氏に対しては、北朝鮮幹部らも陰で「ニセモノ説」を囁いていると言われる。

正恩氏が本当に分かり合えるのは、血を分け合った兄妹しかいない。それだけに、正恩氏は今後ますます、与正氏を巡る国際世論に神経を尖らせるのではないだろうか。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記