韓国の3大ネットワークのうち、公営のMBCと民放のSBSは、2020年から昨年にかけて、AMラジオ放送の送信を、段階的に廃止、または休止した。いずれもFMでの送信を1990年代から行っており、同じ内容の放送をAMとFMの2つの周波数で送信することによる財政的負担から、政府に廃止の許可を求めていた。
一方で、公営のKBSはAMラジオでの放送を続けている。災害や有事の際に必要という理由もあるが、同時に北朝鮮の人々に情報を伝えるという役割も担っているからだ。また、後者に目的を絞ったKBSの韓民族放送は、夜間には1500キロワットという超高出力でAM放送を続けている。さらに、宗教放送の極東放送、その電波を利用する米政府系のボイス・オブ・アメリカ(VOA)、ラジオ・フリー・アジア(RFA)もAMでの放送が続けられている。
一方、テレビは2012年末を持ってすべてデジタル放送に切り替わったが、KBS第1テレビに限ってはアナログ放送を続けている。それも、韓国で従来から使われていたNTSCではなく、北朝鮮で使われているPALを使っている。北朝鮮の人々に外部世界の情報を届ける目的からだ。
非常に出力が高いため、北朝鮮の首都・平壌はもちろん、韓国から300キロも離れた平安北道の雲山(ウンサン)で受信できたとの情報があるくらいだ。
(参考記事:北朝鮮山奥で「韓国テレビ放送」が受信可能…ソウルから300キロ)これに対して北朝鮮当局は、2つの方法で対応している。ひとつは妨害電波だ。ただ、こちらは電力不足によりあまり発信できていないと言われている。もうひとつは、すべてのテレビ受像機のチャンネルをはんだ付けして、国内メディア以外の電波を受信できないように固定する方法だ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面最近、それを剥がして韓国のテレビを見ていた農村の女性が逮捕される事件があったと、黄海南道(ファンヘナムド)のデイリーNK内部情報筋が伝えた。
事件が起きたのは黄海南道の青丹(チョンダン)郡。黄海を隔てて韓国からは至近距離にある地域だ。地域の協同農場で働く女性2人が昨年12月、保衛部(秘密警察)に逮捕された。容疑は、チャンネルのはんだを剥がして韓国のテレビ放送を受信し、映画、ニュースなどを密かに見ていた容疑だ。
同じ人民班(町内会)に住む隣人だったAさんとBさんの2人は、非常に仲がよかった。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面そして、その様子に嫉妬心を抱いた別の女性が、同じ人民班にいた。この女性は、Bさんが子どもに留守番をさせて家をいつも留守にしているのを不審に思い、Aさん宅に上がり込み、テレビのはんだが剥がされているのを発見した。そして2人が、皆が寝静まった時間に韓国の映像を見ていることを子どもを通じて確認した上で、保衛部に通報した。
2人の家に乗り込んだ保衛部は、はんだが剥がされていることを確認した上で、子どもから証言を確保し、虚偽の通報でないことを確認した上で、2人を逮捕した。
2人は昨年12月から今月までの半年に渡って、予審(起訴前の証拠固めの段階)を受けた。激しい暴言、拷問を受けたことは想像に難くない。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面(参考記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面)
そして、今月中旬、2人は動員された住民が見守る中で、公開闘争会議にかけられた。自ら反省の弁を述べ、代わる代わる様々な人から批判されるという「吊し上げ」だ。その場では、「2人が急速に接近したきっかけは、南朝鮮(韓国)と外部社会への好奇心を話す過程で、変質した思想を共有した」と、犯行動機が述べられた。
従来なら、労働鍛錬隊(軽犯罪者を収容する刑務所)送りにされたり、罪状が「悪質」と見なされた場合でも、懲役3〜5年の処分を受け教化所(刑務所)送りにされるのが一般的だ。しかし保衛部は「情勢が複雑な最近、思想的に変質した行為が目に見えて表れており、気を引き締めさせよとのいうのが中央の意図」として、2人をその場で銃殺刑にした。見せしめということだ。
(参考記事:「敵の心臓に針を刺す」北朝鮮”エリート工作員”を見せしめ処刑)執行後に保衛部は「(同じことをすれば)また続けて処刑があるだろう」と警告し、地元住民を震え上がらせた。2人は運悪くバレてしまい悲惨な最期を遂げたが、地元住民の中に、韓国のテレビやラジオに接したことのない人はほとんどいないから、誰もが死刑の恐怖に怯えるのだ。
しかし、その見せしめ効果もどれくらい続くかは未知数だ。
はんだを剥がして、韓国のテレビやラジオを楽しんだ後、もとに戻す手法は皆が知っている。また、生活が苦しい中でも、何らかの未登録の受信機を入手して、ナマの韓国を密かに楽しむ人もいる。2人を処刑した保衛部の要員とて、例外ではないだろう。北朝鮮当局がいくら人を処刑しても、人々の「外の世界を知りたい」という渇望を抑え込むことはできないのだ。
(参考記事:北朝鮮、「韓国のラジオ聞くな」取り締まるも効果は疑問)