金与正氏の「消された声」と文在寅政権の窮地

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北朝鮮の金正恩党委員長は12日、韓国の金大中元大統領の妻・李姫鎬(イ・ヒホ)さんが10日に死去したことを受けて、遺族に弔意文と弔花を送った。板門店(パンムンジョム)でこれを韓国側に伝達したのは、金正恩氏の妹の金与正(キム・ヨジョン)朝鮮労働党第1副部長だ。

金与正氏は、金正恩氏の最側近のひとりである。また血縁でもあり、ほかの側近が言えないようなことでも、金与正氏は意見できると伝えられている。

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たとえば金正恩氏は一時、「パーティー狂い」との噂もあったが、金与正氏は兄に対し、「飲酒は適当になさい」とたしなめたとも言われる。

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それだけに、金与正氏が兄の代理として弔意伝達に出てきたことを、韓国側も肯定的に受け止めた。聯合ニュースによれば、青瓦台(韓国大統領府)高官は金与正氏が派遣されたことについて「注目する必要がある」とした上で、「南北対話に対する(北朝鮮の)意志の表れと解釈する余地が十分ある」と述べたという。

果たして本当にそのように言えるかどうかは検討の余地があるが、韓国政府はこの機会を大事にしたいあまり、北朝鮮に気を使い過ぎてしまったようだ。韓国紙・中央日報(日本語版)は14日付で次のように伝えた。

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〈韓国統一部が12日、故・李姫鎬(イ・ヒホ)夫人の死去に関連し、北朝鮮が弔花・弔電を伝達する映像を取材陣に提供しながら、北側参席者の声を「消音(ミュート)処理」して論争になっている。(中略) 統一部当局者は13日、「北側が要請したことか」という取材陣の質問に「北朝鮮とは関係がないと承知している」とし「(映像の)有音・無音問題は内部の問題」と答えた。(中略) 北側からの要請が特別あったわけではないにもかかわらず勝手に映像を消音処理したのは、韓国政府の過度な顔色伺いではないのかという指摘もある。〉

韓国政府による「消音処理」は、北に対する「過度な顔色伺い」であると断言して間違いなかろう。要人の声を消音処理して記録映像を放映するのは、北朝鮮の国内宣伝のやり方だ。それを知っている韓国の当局者が、つい北のスタイルを「忖度」してしまったのだろう。

しかし、その程度の配慮に感謝する北朝鮮ではない。

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そもそも金与正氏が派遣されたことは、先述の韓国高官が言うように、「南北対話に対する(北朝鮮の)意志の表れ」と見るべきなのだろうか。

李姫鎬さんは金正恩氏ら兄妹の父・金正日総書記が死去した際、民間弔問団として訪朝した。つまり、兄弟は個人的にも弔意を示すべき義理があり、最高指導者である金正恩氏が簡単に動けない以上、代理を務められるのは金与正氏しかいない。

つまり、金与正氏の派遣に対する評価や「消音処理」問題は、韓国側の「拡大解釈」「気の使い過ぎ」である可能性が高いと言える。思えば1年半前からの南北対話は基本的に、韓国の文在寅政権の希望的観測の上で行われてきた。その結果としてもたらされたのが、「北が打算する間、韓国は待たされる」という現在の構図であり、北から肩透かしを食わされ続ける文在寅政権の窮地なのだ。

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