北朝鮮の国家保衛省(秘密警察)に大量のコメを送った韓国在住の脱北者に、実刑判決が下った。脱北者の置かれた立場や朝鮮半島情勢の現実を無視し、杓子定規に法を適用した誤った判決と言える。
(参考記事:「自由」の夢やぶれ韓国でも性的搾取…脱北女性の厳しい現実)韓国の通信社ニュース1によると、ソウル近郊に住む脱北者の女性A被告(51)は2016年12月、金正恩党委員長の誕生日(1月8日)に合わせてコメ65トンを、ブローカーを通じて両江道(リャンガンド)の恵山(ヘサン)税関に送った。
また、2017年の太陽節(4月15日の金日成主席の生誕記念日)の前にもコメ65トン、2017年12月にも北朝鮮に送るコメ70トンの購入費用として、ブローカーに7000万ウォン(約684万円)を送金したことで、昨年摘発された。
彼女の容疑は、国家保安法違反だ。同法第5条(自主的支援、金品の授受)は、反国家団体(北朝鮮政府など)やその構成員などを支援する目的で、国の存立、安全などを脅かすと知りながら金品を提供したものは、7年以下の懲役に処すと定めている。
北朝鮮の咸鏡北道(ハムギョンブクト)出身のA被告は2011年、中国などを経て韓国に入国後、風俗店を経営して一財産を築いた。彼女には北朝鮮に残してきた息子がいて、脱北させようとしていた。しかし、うまく行かなかったため、北朝鮮への帰国を決心した。帰国後の自らと息子の安全を保証するため、北朝鮮に大量のコメを送ったというものだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面記事では触れられていないが、国家保衛省からの要求や脅迫に基づくものである可能性がある。国家保衛省は近年、脱北者に対する工作に力を入れてきた。
(参考記事:美人タレントを「全身ギプス」で固めて連れ去った金正恩氏の目的)裁判所は、コメを送る行為を国家保安法の「自主的支援」に該当するとし、「大量のコメを税関という公式ルートを通じて送ったことは、常識的に北朝鮮の国家保衛省との事前協議や協力なくして不可能だ」とした。また、「たとえ息子のためにコメを送ったのだとしても、犯罪の成立に影響を与えない」として実刑判決を下した。
さらに、A被告の行為は「韓国の安全と自由民主的基本秩序を脅かす危険性がある」とも判断した。「被告が北朝鮮当局に協力し、対南(韓国)宣伝、工作活動に利用される可能性が相当ある」などと判断し、1審どおり懲役2年6ヶ月と資格停止(公民権などの停止)2年6ヶ月の刑を宣告した。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面チャ・ムンホ裁判長は「苦しい思いをして(韓国に)たどり着いたのに、なぜまた戻ろうとするのか理解できない」「息子がいたとしても、北朝鮮の政権にかなりの助けになりえるコメを送る行為はわが国では許されるものではない」と述べた。
この判決は、脱北者の置かれた現実と乖離したものと言えよう。脱北者が、韓国において必ずしも良好な待遇を受けていない現実を、チャ裁判長がなぜ「理解できない」のか、その方が理解に苦しむ。
ちなみに、脱北者の約6割が北朝鮮に残された家族に仕送りをしており、送金額の半分が手数料として送金ブローカーに天引きされる。その多くは国家保衛省、人民保安省(警察庁)、国境警備隊などにワイロとして納められる。この部分が国家保安法に違反することになる。
(参考記事:脱北者の半数、北朝鮮に残してきた家族に仕送り「50〜100万ウォンが相場」)人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面
他の国に比べて圧倒的に「カネがモノをいう」国である北朝鮮で、送金は家族の経済的安定のみならず、暴虐な体制から身の安全を守ることとも繋がる。さらに脱北者からの送金は、北朝鮮の市場経済化を支える資本にもなっている。
北朝鮮社会では市場経済化の進行により、人々が自律性を高め、国家による思想統制に対する抵抗力を増している。この流れは北朝鮮国民が自由や人権に対する意識を増すことにもつながっており、それはいずれ、同国民と諸外国の人々との友好的な交流の土台にもなるだろう。
反共で凝り固まった時代に作られた旧態依然たる法を杓子定規に適用することは、誰の得にもならないのだ。
(参考記事:「親子の縁を切るしかない」脱北者の母に苦渋の決断を迫ったものとは)