北朝鮮で、1年で最も苦しくて辛いと言われる恒例行事が始まっている。毎年1月から2月に行われる堆肥戦闘、すなわち「人糞集め」だ。絶対的に不足している肥料を補うために行われるのだが、これについて日本に在住する脱北者のSさんは次のように語った。
「北朝鮮で何十年も厳しい生活を体験したので、日本ではどんなことでもやってのける自信はある。しかし、堆肥戦闘だけは死んでも二度とやりたくない」
堆肥戦闘は、作業として苦しいだけではない。一昨年11月に朝鮮人民軍(北朝鮮軍)兵士1人が、板門店の共同警備区域(JSA)から韓国側に亡命した。兵士は追手の銃撃を浴び、瀕死の重傷を負ったが、韓国側の医療チームによる懸命な治療によって、一命を取りとめた。
兵士は二度の手術を受けたが、衝撃的な事実が明らかになる。兵士の腸内から、手術した医師が「見たことがない」と言うほどの大量の寄生虫が出てきたのだ。兵士がそうなってしまった原因の一つがまさに堆肥戦闘にあった。
(参考記事:必死の医療陣、巨大な寄生虫…亡命兵士「手術動画」が北朝鮮国民に与える衝撃)堆肥戦闘ではノルマが設定されるため、人々は正月早々、人糞を求めてさまよい歩く。ノルマを達成できなければペナルティーが待っているため人糞には値段が付き、商品として市場で取引される。さらに、人糞を巡るトラブルさえも起きる。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面別の脱北者のIさんは、「集めた人糞は、奪われないよう死守しなければならない(笑)。人のクソの取り合いで喧嘩したことも一度や二度ではない」と過去の苦労を苦笑いで振り返った。
一方、一部では喜んで堆肥戦闘に参加するという人が現れたと、平安南道(ピョンアンナムド)の金城湖(クムソンホ)周辺に住むデイリーNK内部情報筋が伝える。
背景には金正恩党委員長による農業政策の変化がある。金正恩氏は2012年、協同農場の農地を農場員(農民)に任せ、収穫の一定割合だけを国家に納めさせ、残りは個人の取り分とする「圃田担当制」を導入した。いわゆるインセンティブ制度だ。この政策によって収穫が大幅に増えた農村もあるという。そうした農村では来年の収穫をさらに増やすために、農民たちは肥料となる人糞の確保に汗を流しているわけだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面それでも「圃田担当制」は、未だに一部での実施に留まっているようだ。
農民達が豊かになることは好ましいことだ。しかし自発的に農業を活性化させ豊かになればなるほど、国家の統制が効かなくなる可能性がある。そうしたことから、北朝鮮当局も様子を見ながら実験的に実施しているようだ。農民達の影響力が強くなれば、いずれ金正恩氏も「人糞を集めてはいけません」という指示を出すかもしれない。