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北朝鮮から逃れて日本に在住するある脱北者から、こんな話を聞いたことがある。

「覚せい剤中毒が蔓延する実情を見て、この国(北朝鮮)はもう終わりだと思った。それが脱北を決意した理由のひとつだった」

金正恩党委員長の父・金正日総書記は1992年から、麻薬などの薬物で外貨を稼ぐためにコードネーム「白桔梗(ペクトラジ)事業」を開始した。国家機関の主導で製造された麻薬や覚せい剤は、中国や日本に密輸されたが、各国当局の厳しい取り締まりにより徐々に減少した。

しかし、これが北朝鮮国内で薬物が蔓延するきっかけとなる。薬物の「在庫」もあれば、製造技術も原材料もある。しかし売り先はなく、自ずと国内に流通しはじめた。「大人だけでなく青少年の間でも覚せい剤は広く蔓延している」と冒頭の脱北者は語る。

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金正恩氏は最高指導者になって以降、薬物の乱用を厳しく取り締まる姿勢を見せている。しかし、薬物を密造・密売する犯罪組織の魔の手は、家庭や司法機関にまで及び、今では当局の一部が黙認しているとデイリーNKの内部情報筋は伝えてきた。

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平安南道(ピョンアンナムド)の情報筋は、「最初の頃は、(覚せい剤の)密造地域としては咸鏡南道(ハムギョンナムド)の咸興(ハムン)が代表的だったが、今では首都・平壌に近い平城(ピョンソン)やその他の地域でも作られている。当局がやっているのではなく、個人が覚せい剤の密造に手を染めているのだ」と述べた。覚せい剤は「テンダ」と呼ばれる錠剤として1粒1ドルで売られるという。

最近の覚せい剤ビジネスの隆盛は、「石炭輸出の減少」が背景にあるとも言われる。北朝鮮にとって石炭輸出は外貨稼ぎの柱だった。国家だけでなく個人も石炭ビジネスに参入し、炭鉱地帯は比較的、豊かな地域だった。しかし国際社会の制裁によって石炭の中国への輸出が減少し、地域経済に深刻な影響を与えた。一部地域では餓死者が出るような状況になっているという。

こうしたなか、金儲けにならない石炭事業から撤退して、手っ取り早く大金を得られる薬物ビジネスに参入する人が増えているのだ。平安南道の別の情報筋は「いま稼げるのは薬物だ、と思っている人が増えている」と述べた。

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平安南道のさらに別の情報筋によると、平城では個人が設備投資をして、アルバイトまで雇って覚せい剤を製造しているという。アルバイトの報酬は1kgあたり100ドルとのことだ。密造場所は平城だけでも複数存在し、一回で10kg程度の覚せい剤が生産されるという。

覚せい剤が国境地帯まで運ばれるルートも存在し、中国に密輸される。中朝国境付近を取り締まる国境警備隊も一役買っている。彼らのバックには秘密警察である国家安全保衛省の幹部たちがいるため、いくらでも取り締まりを避けられる。

金正恩氏は、「麻薬の生産と拡散を法的に厳重に処罰せよ」「麻薬生産を焦土化させよ」という指示を継続的に出している。北朝鮮当局は、咸興と平城、順天(スンチョン)などの麻薬生産拠点と見られる地域に、中央からタスクフォース「6・27麻薬グループ」を派遣し、取り締まりを強化している。

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しかし、現実には麻薬生産者と捜査員がズブズブの関係を築いており、ワイロを払って見逃してもらったり形式的な取り締まりに終わったりするケースが多い。それどころか、「北朝鮮当局が麻薬密輸に密かに介入しているとの噂が出回っている」と語る情報筋もいる。

「平壌産院で密かに麻薬を生産して外貨を稼いでいるという噂がある。また、麻薬取引のために当局から海外に派遣された人物が取引に失敗した場合、身分がバレる危険性があるため、その場で自殺しなければならないという話まで出回っている」(情報筋)

平壌産院とは、北朝鮮で最大規模を誇る産婦人科の病院だ。ここで違法薬物が生産されているとは、さすがに「まさか」と思わざるを得ない。しかし、北朝鮮の人々がそんな噂に違和感を覚えないほど、薬物の乱用が深刻であるということだろう。

(参考記事:北朝鮮で少年少女の「薬物中毒」「性びん乱」の大スキャンダル

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記