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今夏、猛暑や大雨で大ダメージを受けた北朝鮮の農業が、危機の度合いを強めている。

両江道(リャンガンド)のデイリーNK内部情報筋によると、現地の保安署(警察署)は9月初めごろ、農場と人民班(町内会)に向けて「穀物の流出を防ぐための布告文」を出した。「秋の収穫時に穀物が流出しないように徹底的に管理せよ」と厳命するものだが、むしろ同国の農村と経済に壊滅的なダメージを与えかねない危険性を内包している。

北朝鮮の食糧事情はかつてと比べ改善しているとは言え、その日の糧を得るのに女性が売春に走らなければならないような現実もいまだ無くなっていない。

(参考記事:コンドーム着用はゼロ…「売春」と「薬物」で破滅する北朝鮮の女性たち

当局が失政を犯せば、その影響は深刻なものになりやすいのだ。

布告文の内容は、(1)穀物の窃盗、(2)穀物の市場での売買、(3)穀物による現物償還――以上の三つの行為を禁じ、違反者は厳罰に処すというものだ。これが何を意味しているかと言えば、「穀物は国が徹底管理する。農民が勝手に処分することはまかりならん」ということだ。

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しかし、今や北朝鮮の食糧需給は、農民が市場に穀物を供給しなければうまく回らない構造になっている。

国家の配給制度は、実質的に破たんして久しい。そのため大多数の国民は、市場などで商売をし、そこで得た現金収入で日々の糧を得ている。この際に市場で売買される穀物は、農民が「圃田担当制」と呼ばれるインセンティブ制度により分配を受けたり、個人耕作地で収穫したりしたものが多いと言われている。

つまり市場での穀物の売買が禁じられたら、農民たちが現金収入を得る道が閉ざされるだけでなく、需給のひっ迫で食糧価格が上昇し、都市労働者たちの生活を直撃しかねないのだ。

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ちなみに「穀物による現物償還」とは、1年の農業に必要な農業機械、燃料、ビニール、肥料などを購入するための費用を富裕層から借りて、収穫後に現物で返すことを言う。国から農業に必要な資材、資金の供給が一切ないため、このように「自力更生」するしかないのだ。

現物で返す際にはもちろん、高い金利が付く。だから収穫が少ないと、農民の生活はたちまち窮することになり、若い女性がトウモロコシたった1キロ分のおカネで売春せざるを得ないといった話も聞く。

それでも、農業を行うためにはこうした貸し借りのシステムが必要だ。それなのに、このような行為は一切認めない、借金の返済に穀物を当てるのは窃盗だというのが当局の立場だ。脱穀場に武装した警備隊を配備し、必要とあらば軍まで動員する方針も示された。

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布告を聞かされた農民の間では不安が広がっている。資材、資金の確保ができなくなるばかりか、越冬に必要な食糧や資金も得られなくなり、命の危険に晒されることになったからだ。

北朝鮮当局はなぜ、このような無茶なやり方をするのか。恐らくは、軍を養うことを優先して考えているのだろう。生産性のない軍は、食糧供給を国家に頼らざるを得ない。そうしなければ、ただでさえ規律が崩壊する直前の軍が、本当に立ち直れなくなると心配しているのかもしれない。

(参考記事:北朝鮮女性を苦しめる「マダラス」と呼ばれる性上納行為

金正恩党委員長は最高指導者に就任した直後の2012年春、食糧政策を誤り、大量の犠牲者を出した前科がある。

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今回はそのような悲劇が起きないよう、国際社会がしっかり監視すべきだ。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記