北朝鮮では、建物の壁などに「落書き」が見つかると、政治的事件として扱われる。今年3月には朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の大佐が、重要施設の壁に「落書きをしまくった」ということで公開処刑される出来事があった。
そして最近では、軍の施設で落書きが見つかった。咸鏡北道(ハムギョンブクト)の情報筋が米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)に語ったところによると、朝鮮人民軍第1軍団のある部隊の食堂にこんな落書きがされているのが発見された。
「テキトー食堂で、テキトーに食う」
軍の食糧事情に不満を述べたものであり、つまりは権力に対する反抗である。軍の捜査機関は、落書きの犯人を捜すと同時に、末端の兵士たちの食生活に何ら関心を持とうとしない補給部署に対する調査も進めている。落書きをした兵士も、配給を横流しした幹部も厳罰に処されるだろうと情報筋は見ている。
北朝鮮の食糧事情は、かつてと比べ大幅に改善している。もはや一般国民が食うや食わずの生活をするレベルは脱したが、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)だけは別だ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面軍の食糧は、協同農場で収穫されたものが配給されることになっているが、薄給に不満を持っている補給担当者や幹部が、途中で横流しをしているのだ。農場が大量の食べ物を送っても、兵士のもとに届くまでに、大部分が消えてしまう。そんな現状に強い不満を持った兵士が、食堂に落書きをしたものと思われる。
ただでさえ、北朝鮮軍の規律は地に落ちている。そのうえ、権力への抗議の意を込めた落書きが横行すれば、軍の崩壊すらあり得ると当局は見ているのかもしれない。
(参考記事:北朝鮮女性を苦しめる「マダラス」と呼ばれる性上納行為)こうした落書きは、軍内でのみ見つかっているわけではない。2016年12月には、咸鏡北道(ハムギョンブクト)の清津(チョンジン)市にある水南(スナム)市場では、体制非難の落書きが見つかった。今月11日の午前5時ごろ、パトロールを行っていた清津市保安署(警察署)の夜間巡察隊が、コンクリートの壁に「人民のかたき、金正恩を処断せよ」と書かれているのを発見したのだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面保安署は、落書き事件が市民に知れ渡らないように、一帯を通行止めにするなどの措置を取ったが、市内全域に口コミであっという間に広まってしまった。どうやら保安員(警察官)が発見する前に、付近を通りかかった複数の商人がこの落書きを目撃し、周囲の人々に触れ回ったようだ。
北朝鮮では一般的に、このような落書きやビラを目撃しても、ほとんどの人が通報しない。「金正恩氏に対する批判は重大犯罪なので、下手に通報などすれば自分が疑われ、最悪の場合は首が飛びかねない」と思うからだ。「触らぬ最高指導者に祟りなし」というわけで、スルーするのである。
その結果、当局により落書きが発見されるまでの間に、多くの人がそれを目撃することになる。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面たかが落書きであっても、こうした事件が続発することによる社会への影響は小さくない。北朝鮮の人々は密告されるのを恐れ、権力に対する批判を大っぴらには行わない。しかし落書きを目撃することで、体制への反抗心を抱いているのが自分だけではないということを、人々はハッキリと確認することになるのである。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。