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北朝鮮国営の朝鮮中央通信は11日午前、金正恩党委員長がトランプ米大統領との首脳会談のため、10日にシンガポール入りしたことを伝えた。

同通信は、金正恩氏の出発を伝えた記事で「史上初めて行われる朝米首脳会談では、変化した時代の要求に応じて新しい朝米関係を樹立し、朝鮮半島の恒久的で強固な平和体制を構築する問題、朝鮮半島の非核化を実現する問題をはじめ、互いに関心を寄せる問題に対する幅広く深みのある意見が交換される」として、首脳会談の意義を強調した。

こうした文言にも増して興味深いのが、同通信が、金正恩氏が中国の要人専用機でシンガポール入りした事実を報道。中国国旗がデカデカとマーキングされた機体に搭乗する際の写真(下)まで配信したことだ。

北朝鮮のメディア戦略は、金正恩氏が直接指揮を取っている可能性が高く、この写真を配信したのも本人の意思によるものと見て間違いなかろう。

(参考記事:金正恩氏が自分の“ヘンな写真”をせっせと公開するのはナゼなのか

金正恩氏の祖父・金日成主席から金正恩日書記へと続いてきた金王朝は、やたらとプライドが高いのが特徴だ。どんなに苦しくとも「世界にうらやむものはない」との自負を捨てなかった。もちろん、どんなに見栄を張ってみたところで、本当の姿はすぐにバレる。それでも北朝鮮は、自国や最高指導者にとって都合の悪いものが写真や映像に写らないようにしたり、あるいはすでに写っているものを消したりして、体裁を取り繕ってきた。

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そのような経緯から言えば、朝鮮中央通信が中国機の写真を配信したのは異例と言える。中国国旗が写らないようにするのはいくらでも可能だし、写るにしても「さりげない」範囲に止めるのも簡単だ。敢えてそれをしなかったのは、米国との首脳会談実現に協力した中国への敬意の表れと見るべきだろう。

北朝鮮メディアは少し前まで、経済制裁で米国と歩調を合わせる中国を繰り返し非難していた。「裏切り者」呼ばわりしたこともある。両国の関係が改善したのは、この春からのことだ。

金正恩氏がこのようなしおらしい態度を取るようになったキッカケのひとつが、トランプ氏による首脳会談の「中止表明」であるのは間違いない。金正恩氏はこれを受けて、「外交のやり方を変えろ」との指示を下したとされる。

(参考記事:金正恩氏「外交のやり方変えろ」と部下を叱責…米朝会談「中止」巡り

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今回の写真は金正恩氏、あるいは北朝鮮外交のある種の「変化」を示す、物的証拠と言えるかもしれない。

ではこの写真は、金正恩氏が傍若無人な独裁者から礼儀正しい洗練された指導者へと、本質的な変化を遂げたことを示しているのだろうか。現時点で、そのように考えるのは危険だろう。これは、国際社会から受け入れられるために見せている「外面(そとづら)」であると見るべきだ。北朝鮮は、米国や韓国との対話で自国の人権侵害に触れられることを頑なに拒否している。

(参考記事: あの話だけはしないで欲しい…金正恩氏、トランプ大統領に懇願か

それはつまり、残忍な独裁者としての国民への態度を変える気はないということだ。また、今回のような写真1枚が金正恩氏のイメージをソフトなものに変えてしまいそうになるのは、従来の姿がいかに横暴なものであるかの反証に過ぎないのである。

(参考記事:金正恩氏が「ブチ切れて拳銃乱射」の仰天情報

10日、シンガポールを訪問するため中国の要人専用機に乗り込む金正恩氏(朝鮮中央通信)
シンガポール訪問のため中国の要人専用機に乗り込む金正恩氏(朝鮮中央通信)

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記