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守ってくれる国もなく、死んでも振り返る人もいない私は通りをさまよい、強く風が吹き荒れる海辺で荒い波を眺めながら胸をよぎったのは、あの中には果して私の居場所があるのだろうか、こうして生きようと死の峠を越えてここまで来たのではなかったのかということだった。

豆満江に葬ってしまった過去の私の人生。痛みを感じた辛い思い出も多かったが、それでもそれはいつかまた取り出して、胸の中に抱かなければならない大切なものだった。

頑是無かった時代、両親の胸の中で何の心配もしなかった時のような、そんな幸せな日々がまた来たら、葬った私の過去の思い出をまず少しずつ取り出してみようと思ったが、そのような日が本当に来るのか知る由もなかった。

更に1年半という長い月日を待ち続け、ついにここ(韓国)に来た。もう1度命をかけて、中国から第3国への脱出という劇的な人生の新しい放物線を描いて大韓民国に来た。ここで私は今、幸せな生活を享受している。苦しかったすべての思い出を後に残したまま。

近くて遠かったこの土地。確かに、ひとつにつながっている私たちの土地だが、60年の分断が抱かせた異質感のため、辛く困難な時も少なくない。それでも私はこの地で、人生で一番楽しくて幸せな時期を過ごしている。

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大韓民国に来た私に、初めて新しい生活に対する希望と大切な夢を抱かせてくれたハナ院と、あたたかく接してくださった先生方が、長い間悲しみと苦痛の迷宮の中でさ迷っていた私の気持ちを落ち着かせてくれた。

ハナ院を修了して出た私のために用意された、生まれて初めて私の名前3文字が掲げられたこじんまりとした小さな賃貸住宅は、新しい生活の大切な安息の場になった。

時折、辛いことがあるたびに、あの日の豆満江を思い浮かべる。暗黒と光明の中に立って振り返り、捨てるしかなかった私の人生の悲しい思い出と、今日のために交換しようとした貴重な私の命。そして命をかけた対価として得られた、今日の大切な自由と幸せについて考えてみる。

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そして、「これくらい苦労といえるだろうか。大韓民国に来るために命もかけたのに、何でもないことだろう。今の私の生活はどれだけ幸せか…」と自分に向かって言う。そうやって心の中を空にしてまた空にして、もう1度初心に戻って新しい人生を作りながら、心の中に美しく楽しい思い出の種を1粒ずつ1粒ずつ蒔いて行くのだ。

生きたたこを初めて食べた時、見てびっくり仰天して悲鳴を上げて周りの人が驚いたこと、地下鉄に乗り間違えて、30分で行ける所に大回りして2時間もかけて行ったこと、新しい家に初めて入った日、外に出た後全く同じ形のアパートがいくつも見えて家をみつけることができなくなり、数時間さ迷ったあげく、やっとの思いで探し出した私の家の玄関の前で、1人でお腹をかかえて笑ったこと…。

体も弱い私が、韓国での苦しい生活に打ち勝つことができるか心配していた時、私にも面接という幸運が舞い込んできて、足りないところが多い私と一緒に働こうと言って気経に手をさし出してくれた人たち。何も分からない私に1つ1つ教えてくれて、今日私がこうしていられるようにしてくれた職場の同僚。慣れない韓国生活になかなか適応できず、病気になって寝こんでしまった私に優しく接してくれたありがたい人たち…。

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そして今、豆満江の川辺で捨てるしかなかった大切なものすべてを掘り出して、心の奥の深い所にしまって置いて、大切に抱いて、南北が1つになる統一の日を指折り数えて待ちながら暮らしている。その日が来たら、私の故郷の懐かしい人たちに、私の胸の中につまった大韓民国での美しい生活の1ページ1ページを全て取り出して見せてあげるために…。