北朝鮮の金正恩総書記は、首都・平壌と地方との圧倒的な経済格差を解消し、バランスの取れた経済発展を行うための「地方発展20✕10政策」を提唱している。
金正恩氏は先月21日、政策の一環として建設された平安南道(ピョンアンナムド)の成川(ソンチョン)郡の工場竣工式に出席したと、国営の朝鮮中央通信が報じた。
(参考記事:金正恩氏、地方工場の竣工式に出席…反省の弁も)工場は既に操業を始めているが、政策の存在意義そのものを疑問視する声が湧き上がっている。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。
出張で成川を訪れた両江道(リャンガンド)の幹部は、開口一番こう吐き捨てた。
「いったい、工場をなぜ建てたのかわからない」
「成川郡の実態を知ってからは、工場に寄せていた期待が完全に崩れ去った」
地方の経済発展、住民の生活向上が目的のこの工場だが、この幹部が目にしたのは、工場が地元住民から「略奪」を行い、さらなる貧困に追いやっているというものだったという。
成川に建設された食料品工場、製紙工場、アパレル工場は、昨年12月初旬から試験稼働に入った。地元住民は、これら工場から旧正月(1月29日)に合わせて、安値で商品が配給されるものと期待していた。
ところが、現実は全く違った。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面「住民の期待とは異なり、成川郡は旧正月(恒例の)特別配給を行わなかった。アパレル工場は資材がなく、竣工初日から生産ができずにいる」(幹部)
一方で、食料品工場と製紙工場で生産された製品は、成川郡総合市場と農村の商店に陳列され、1月10日から販売を始めたとのことだ。しかし、問題となったのはその価格だ。
小麦粉で作った味噌は1キロ4000北朝鮮ウォン(約28円)、醤油は2300北朝鮮ウォン(約16円)、トウモロコシで作ったアルコール度数25%の焼酎は1本8000北朝鮮ウォン(約56円)、食用油500グラムは1本1万2000北朝鮮ウォン(約84円)で販売されている。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面いずれも、商人が自宅で製造し、市場で販売しているものより高いというのだ。そのせいで、地方工場の製品を取り扱う成川郡総合商店には閑古鳥が鳴いていると、この幹部は憤った。
私用で成川を訪れた両江道在住の別の情報筋によると、成川郡総合商店には様々な種類のノート、プラスティックのかご、食料品、少し離れた平城(ピョンソン)靴工場で製造されたスニーカーなどが陳列されている。
ところが、店は開店休業状態だ。
「暖房が全くされていない店では、販売員2人が分厚いジャケットを着たまま働いている。ときどき他所から来た客が工場で生産された商品を見に来るが、地元客はほとんど来ないと販売員は言っていた」(情報筋)
販売員はもどかしさと心苦しさを顔に浮かべつつ、こんな実情を語ってくれたという。
「総合商店を管理する成川郡商業管理所は、商品価格を下げるように人民委員会(郡庁)に繰り返し要求しているが、なしのつぶてだ」(情報筋)
情報筋によると、地方工業工場で生産された商品の価格は、地元の朝鮮労働党委員会と人民委員会、商業管理所が協議した上で決定することになっているが、原料価格の高騰に加え、利益の3割を国に納めなければならず、値下げできないという。
味噌の原料となる小麦粉を例に上げると、国が定めた国定価格は1キロ8000北朝鮮ウォンで、糧穀販売所(国営穀物販売店)は概ねこの価格で販売している。小麦粉1キロでできる味噌は4キロで、原料、労働者の給与、販売費用などを引くと、手元には一銭も残らない。
小麦粉は国が供給しているが、利益確保のため卸値が高く設定されている。そのうえ国は、商品が売れれば利益の3割も持ち去る。
北朝鮮経済の構造的問題のひとつが、原材料の多くを輸入に頼らなければならないことだ。過去30年でなしくずし的に進んでしまった市場経済化で、国産品が中国製品に負けてしまったのは、原材料価格が製品価格に転嫁されたことで、価格競争力が失ったことが一因だ。両江道では、未だに9割の国営工場が稼働できていないとの情報もある。
金正恩氏は、自身の名の下に工場を建設し、生産した商品を地域住民に提供し、民間の商人に奪われてしまった経済の主導権を取り戻し、国庫にカネが入るように考えたようだが、結局は積年の課題を解消できずつまずいてしまった形だ。