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北朝鮮の金正恩党委員長はこの夏、国内各地の工場や建設現場を精力的に回り、生産態勢や工事の進捗具合に難があると思われた部門の幹部らを、容赦なく叱りつけ、檄を飛ばした。

その熱心さが、やがて惨事につながるのではないかと懸念していたら案の定、現実のものとなってしまった。

すでに本欄でも伝えた通り、金正恩氏が7月に視察した清津(チョンジン)かばん工場の工事現場で床が崩壊する事故が発生。4人が死亡し、数十人が重軽傷を負ったのだ。金正恩氏から叱責を受けた朝鮮労働党中央委員会が、大慌てで「工場を建て直せ」と指示した結果である。

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この事故で死亡したのは、専門の建設労働者ではなく、工場の女性職員4人だ。「建設会社」というものが存在しない北朝鮮では、重要施設の工事は軍の工兵部隊や治安機関が抱える建設部隊が担当する。しかし、これらの人員は常に大型プロジェクトに張り付いており、頼んでも来てもらえる状況にはない。

そのため北朝鮮では、一般住民や工場労働者が当たり前のように建設作業に動員されているのだ。そして過去には、エリートである党幹部や外交官らが現場に動員された結果、たいへんな大惨事に発展した事例もある。

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韓国の情報機関・国家情報院(国情院)の次長や大統領補佐官、駐日大使を歴任した羅鍾一(ラ・ジョンイル)氏の著書『張成沢の道』(原題)によれば、事件は1978年の春に起きた。北朝鮮では当時、金正日総書記の豪華別荘の建築が極秘裏に進められていた。一部で「水族館」の呼び名で知られていたこの施設は、その名の通り、1階に世界中の珍しい魚を集めた水族館を配し、上層階には金正日氏のための健康施設や寝室、宴会場が設けられた。

ところが、完成間近となったある日の明け方、1階の作業場が突如として猛烈な炎に包まれた。あちこちにペンキやシンナーなど揮発性の物質が置かれ、空気中にもそれらが漂う中で、誰かがタバコに火をつけたのだ。1階で寝ていた人々は炎に巻かれて死亡し、上層階の人々は窓から墜落死した。犠牲者は130人を数えたという。

北朝鮮では男性の多くが兵役を経ており、そこで建設作業を経験した人が多いとは言え、党幹部や外交官が建築のアマチュアであることに変わりはない。それなのにこのような工事に動員されたのは、最高指導者の「淫靡な秘密」を守るためだった。

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そして、事故の処理の仕方も「あり得ない」と思えるものだった。当局は、犠牲者の死因を遺族に対しても徹底的に隠ぺいし、「祖国のための重要な事業に携わり、事故で亡くなった」とだけ説明。勲章を与えてウヤムヤにしてしまったという。

いま、金正恩氏が力を入れているプロジェクトの中に、少なくとも表向きは、自身のための豪華施設は含まれていない。しかし、経済制裁下にある厳しい状況の中、「急げ、急げ」とハッパをかけるのは、本人の実績作りのためだろう。

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国家指導者ならば実績作りに熱中するのも当たり前かもしれないが、労働者の安全をいかに重視したかも大事な実績になり得ることを、金正恩氏には知ってもらいたいものだ。

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高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記