北朝鮮の金正恩党委員長が、韓国人をターゲットにしたテロ団を中朝国境地域に派遣したと韓国政府が21日、明らかにした。
韓国政府の発表以前より、金正恩氏が韓国人を対象にテロ、または拉致を模索しているという情報は、既に5月の時点から囁かれていた。きっかけは、その前月に起きた中国浙江省寧波市の北朝鮮レストラン「柳京食堂」から男性支配人と女性従業員ら13人が脱北した事件だ。
美貌のウェイトレスが実態暴露か
金正恩氏は、事件が体制不安を呼び起こしかねないと焦りを感じたようだ。国家安全保衛部(秘密警察)に「検閲団」を組織させ、中国をはじめとする海外各地に急派した。それだけでなく、美貌の脱北ウェイトレスらを「指名手配」するかのような挙に出ると同時に、韓国に対する執拗な心理戦を繰り広げている。
こうしたなか、女性従業員たちは今月17日、4ヶ月に渡る調査を終えて、保護施設を退所した。既に、韓国当局は、彼女たちの口から様々な情報を入手しているはずだ。しかし、本人たちの意思もあり、その中身が明らかになるまでには、今しばらく時間がかかるだろう。
政府関係のみならず、北朝鮮レストランのウェイトレスは、韓国ではネットを中心にその美貌ぶりに人気が集まっていることから、彼女たちの体験談や暴露話に注目が集まる。また、彼女たちがもたらしただろう情報については、金正恩氏も北朝鮮当局も戦々恐々としているはずだ。
(参考記事:北朝鮮レストランが「超キャバクラ」化…制裁で苦肉の策)「朴槿恵がウェイトレスを殺害した」
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面北朝鮮メディアの報道からもその焦りが見えてくる。
北朝鮮は、集団脱北事件をあくまでも韓国情報機関を主犯とする誘引・拉致と主張しながら、13人の送還を要求する大々的なキャンペーンを継続している。もちろん、韓国政府が北側の主張に応じるわけがなく、事態が進まないことに業を煮やしたのか、北朝鮮は以下のような主張をしている。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面朴槿恵一味の悪らつさと残忍さから見ると、今まで監禁されていたわが公民たちの中にはすでに、無残に殺害された女性もいる可能性がある。
(2016年8月21日付朝鮮中央通信より)
事件直後の5月9日、北朝鮮のプロパガンダメディアが、ウェイトレスたちの一人がハンストを行って死亡したと報じており、この事を指していると思われる。しかし、死亡情報自体が、出所不明で「推測」に過ぎない。また、今回の記事も「可能性がある」という表現に留められている。
仮にハンストと死亡の事実があれば、確かに韓国政府の責任は逃れられないが、現時点では北朝鮮の一方的な情報であり、著しく信憑性に欠けると言わざるをえない。北朝鮮としては、集団脱北事件は、あくまでも韓国の謀略であり、自らの正当性を訴え続けなければならないという苦しさが伝わってくる。
ブチ切れ正恩氏の仰天行動
北朝鮮ウェイトレスたちの退所と同時に、太永浩(テ・ヨンホ)駐英北朝鮮公使が韓国へ亡命したことが明らかになった。こうした大型脱北事件が、次々と明らかになる背景には、北朝鮮にプレッシャーをかけたい韓国政府の政治的思惑があることは間違いない。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面ただし、脱北した当人たちが、強い意志をもって北朝鮮を離れることを選択したことも疑いようがない。この間に起きたエリート層の脱北事件の真相を突き詰めると、どんな内容であろうと北朝鮮は苦しい立場になる。
相次ぐエリート層の脱北は、金正恩氏の求心力が、我々が考えている以上に低下していることを物語っている。本人もそれを自覚しているからこそ、韓国人をターゲットにしたテロ団の派遣という暴挙に出ているのだろう。極めてプライドが高く短気と伝えられる正恩氏が、ブチ切れて仰天行動に出たという情報があるが、あながちあり得る話かもしれない。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。