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13日午後に朝鮮人民軍(北朝鮮軍)兵士1人が、板門店の共同警備区域(JSA)から韓国側に亡命してから3日。その過程で北朝鮮側から銃撃を受けた兵士は重傷を負い、ヘリコプターで病院に運ばれ、16日までに2度の手術を受けた。

執刀した韓国の外科手術の権威、亜洲大学病院のイ・グクチョン教授は韓国メディアの取材に、2回目の手術後、兵士の容態は多少よくなったが、心肺機能が完全に回復せず意識がない状態が続いており、1回目の手術から10日(今月23日)ほど経たないと何とも言えない状況だと語った。

イ教授の話で、メディアの注目が集まったのが「寄生虫」だ。

世にも奇妙な光景

この兵士の大腸には大量の便が残っており、銃撃による傷口から漏れ出て腹腔を汚染してしまった。さらには便に混じり、最長で27センチの回虫が数十匹発見されたというのだ。回虫が小腸を食い破ることで合併症の危険が高まるため、目視で除去したとのことだ。

「外科医師になって20年以上になりますが、韓国人の患者の大腸、小腸でこれほど大きな寄生虫は見たことがありません。韓国社会ではまず見られない現象です」(イ教授)

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韓国寄生虫撲滅協会(現韓国健康管理協会)が寄生虫調査を始めた1971年、韓国国民の回虫感染率は54.9%にのぼった。しかし、1981年には13%まで下がり、1992年には0.3%、2016年には0.05%となっている。ただ最近では、無農薬野菜、魚の生食による寄生虫感染が問題になっている。

ちなみに日本の学校衛生統計によると、寄生虫卵感染率は1947年の70.92%から、1962年には10%以下になっている。

寄生虫感染率が急激に低下したのは、下水道設備の整備、衛生教育の徹底、洗剤の普及に加えて、化学肥料の普及により下肥、つまり人糞を発酵させた肥料を使わなくなったことが大きい。

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尿素が多く含まれる下肥は、中国やギリシャでは紀元前から使われていたという記録がある。集めた糞尿を夏は1〜2週間、冬は3〜4週間発酵させて使うが、これが不完全だと様々な菌や寄生虫が残ったままで作物に使われ、人体に取り込まれる。化学肥料の発達や疾病予防運動で、メリットよりデメリットが大きくなった下肥は急速に消えていった。

ところが、未だに下肥が大々的に使われている国がある。手術を受けた兵士の祖国、北朝鮮だ。

北朝鮮の肥料消費量は年間155万トンだが、実際の生産量は50万トンにとどまっている。不足分は中国から輸入しているが、それだけでは需要を満たせない。そこで北朝鮮当局は毎年「堆肥戦闘」つまり「人糞集め大作戦」を繰り広げるのだ。

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毎年1月になると、当局は国民に人糞集めの過酷なノルマを課す。筆者が会ったある脱北者は、「北朝鮮国民は、日本や韓国では想像もできない苦行を国から押し付けられるが、堆肥戦闘こそ本当の地獄だった。あれだけは死んでもやりたくない」と語っていた。

(参考記事:北朝鮮、「人糞集め」に苦しめられる住民たち…糞尿めぐりワイロも

人糞集めは、ノルマを達成できなければペナルティーが待っている。そのため人糞には値段が付き、商品として市場で取引される。人糞を巡ってブローカーが暗躍、さらにはワイロまでが飛び交う世にも奇妙な光景が現出するのだ。

(関連記事:冬の北朝鮮で暗躍する「人糞ブローカー」登場

ただでさえ大変な堆肥戦闘だが、来年はさらに熾烈なものになりそうだ。経済制裁による外貨不足に加え、北朝鮮当局が、窒素肥料の生産、輸入を禁止したからだ。窒素肥料の原料である硝安(硝酸アンモニウム)に、軽油を混ぜれば爆発物ができる。金正恩党委員長は、自らを狙う「斬首作戦」に使われるのを恐れているのだろう。

それにしても、北朝鮮の下級兵士らは食糧の横流しによる栄養失調や、性的虐待の横行などに苦しめられているというが、いったい何があって、この兵士はJSAの突破などという無謀な行動に出たのだろうか。

(参考記事:北朝鮮女性を苦しめる「マダラス」と呼ばれる性上納行為

兵士が回復しなければ、その謎はずっと解けないままになるかもしれない。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記