北朝鮮当局は、9月3日に実施した6回目の核実験以降、住民を対象にして緊急政治講演会を開催している。金正恩党委員長の偉大さ、核保有の正当性などについて語るものだったが、金正日時代から使われている旧態依然としたレトリックの繰り返しで、聴衆の反応は今ひとつだったようだ。

エリートも動揺

平壌のデイリーNK内部情報筋によると、9月中旬、平壌市内の工場、企業所の労働者を対象に「わが党の経済建設と核武力の並進路線は必勝不敗だ」というタイトルの講演会が開催された。

壇上に現れたのは、北朝鮮の国内外のプロパガンダを司る朝鮮労働党の宣伝扇動部講演課の課長やその部下たちだった。つまり、金正恩氏の妹でともに「大阪」にルーツを持ち、党中央委員会政治局委員候補に選出されたばかりの金与正(キム・ヨジョン)宣伝扇動部副部長の部下が直接、人民の前に立って講演を行ったということだ。当局の力の入れようがうかがえる。

(参考記事:金正恩と大阪を結ぶ奇しき血脈])

しかし、講演内容は、代わり映えしない夜郎自大的なものだったという。

「われわれは核で米帝(米国)を窮地に追い込んだ」
「米帝と南朝鮮(韓国)を屈服させ、われわれが苦労しただけ見返りを得られる日は遠くない」
「わが国を核保有国として認めなければ核戦争も辞さない」
「すべてがガス化されている(都市にガスが行きわたっている)米帝や南朝鮮は、爆弾1発で火の海になる」
「戦争を怖がる敵は降伏する、主導権はわれわれの手中にある」

講演者はさらに「われわれに失うものなど何もない」「経済が高度に発達した米帝や南朝鮮は、われわれが核戦争を行おうとすれば屈服することになる」「経済より軍事に力を入れる理由はそこにある」と述べ、韓国が自国よりはるかに豊かであることを認めてしまったというのだ。

韓流ドラマなどを通じて韓国の実情について知っている北朝鮮の人々に、「南朝鮮は貧しい」と偽る昔ながらのプロパガンダは通じないことがよくわかっているのだろう。あえてその点を認めた上で、「だからこそ核やミサイル開発が必要だ」と正当化する流れに話を持っていったものと思われる。

核兵器開発を推し進める北朝鮮に対し、国際社会は経済制裁を強化している。それを受け、国や金正恩氏への忠誠心が高い「選ばれし者」である平壌市民までが動揺しかねない状況となりつつある。当局はこのような講演を通じ、人々に信念を抱かせ結束を強めようとしているのだろう。

(参考記事:「アメリカ軍に勝てるはずない…」北朝鮮の幹部に動揺広がる])

熱弁の甲斐もなく、聴衆の反応は冷ややかなものだった。核兵器は食糧問題を解決するどころか、むしろ深刻化させていて、核戦争を起こせば自分たちが被害を受けることを充分にわかっているため、金正恩氏の「核強国建設」に批判的なのだ。

(参考記事:「米軍が金正恩を爆撃してくれれば」北朝鮮庶民の毒舌が止まらない])

講師たちはプロパガンダのプロだけあって、聴衆は話を聞いているうちに引き込まれ、ついつい信じてしまう。「しかし家に帰ってよくよく考えてみると、実にくだらないことだったと気づき、虚しくなる」(情報筋)のだという。

宣伝扇動部のことを、言葉巧みに二束三文の物を高値で売りつけようとする商人になぞらえて「言葉売り」などと皮肉る人もいるという。

北朝鮮の人々は70年間にわたりプロパガンダに騙され続けてきたが、外部世界からの情報流入により、いくら宣伝扇動部でも一度離れた民心を取り戻すのは困難だろうと情報筋は見ている。

高英起(コウ・ヨンギ)

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1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記